東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1538号 判決 1984年10月26日
【当事者】
原告・反訴被告
ゼネラル・エレクトリック・コムパニー
(以下「原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
原増司
久保田穣
大場正成
本間崇
福田親男
平川純子
右輔佐人弁理士
安達光雄
被告・反訴原告
小松ダイヤモンド工業株式会社
(以下「被告小松ダイヤ」という。)
昭和四八年(ワ)第一五三八号事件被告
株式会社石塚研究所
(以下「被告石塚研究所」という。)
昭和四八年(ワ)第一五三八号事件被告・反訴原告
石塚博
昭和四八年(ワ)第一五三八号事件被告
東名ダイヤモンド工業株式会社
右四名訴訟代理人弁護士
内山弘
品川澄雄
新長巌
主文
一 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
二 被告石塚博及び被告小松ダイヤの反訴請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(本訴)
一 請求の趣旨
1 被告小松ダイヤは、原告に対し、金六億七六八〇万円及びこれに対する昭和四五年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告石塚博及び被告小松ダイヤは、原告に対し、連帯して金五億円及びこれに対する昭和四八年三月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告石塚研究所は、原告に対し、金一〇四八万三二〇〇円及びこれに対する昭和五〇年九月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告石塚博、被告小松ダイヤ、被告石塚研究所及び被告東名ダイヤは、原告に対し、連帯して金六億六〇〇〇万円及び内金三億円に対する昭和四八年三月一四日から、内金三億六〇〇〇万円に対する昭和四九年一〇月二四日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の本訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴)
一 反訴請求の趣旨
1 原告は、被告石塚博及び被告小松ダイヤに対し、別紙広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の各新聞紙に同目録記載の条件で掲載せよ。
2 原告は、被告小松ダイヤに対し、金一〇億円及びこれに対する昭和四八年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告石塚博及び被告小松ダイヤの反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告石塚博及び被告小松ダイヤの負担とする。
第二 本訴当事者の主張
一 請求の原因
1 原告の有していた特許権及び仮保護の権利
(一) 原告は、昭和三九年から昭和四八年の間、次の(1)及び(2)の特許権(以下、(1)の特許権を「合金特許権」、(2)の特許権を「単体特許権」といい、合金特許権の特許発明を「合金発明」と、単体特許権の特許発明を「単体発明」という。)又はこれらに係る仮保護の権利を有していた。
(1) 発明の名称 ダイアモンド合成法
出願日 昭和三四年九月九日
公告日 昭和三九年六月一三日
登録日 昭和四〇年六月一〇日
特許番号 第三一七一八六号
(2) 発明の名称 ダイアモンドの製造法
出願日 昭和三四年九月九日
公告日 昭和三七年七月一六日
登録日 昭和五二年八月二六日
特許番号 第三二〇二五一号
(二) 合金発明及び単体発明の各特許出願の願書に添付した明細書(以下、それぞれ「合金明細書」、「単体明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、それぞれ次の(1)及び(2)のとおりである。
(1) 合金発明
「炭素質物質を、その中の少くとも一つが周期律表第Ⅷ族に属する金属、クロム、タンタル或はマンガンより選択された金属である少くとも二つの金属の合金を含む触媒と組合わせ、この炭素質物質と触媒とをダイアモンド安定帯域中で少くとも約50,000気圧以上の圧力及び少くとも約1200℃以上の温度に曝し、形成されるダイアモンドを回収することを特徴とするダイアモンドの合成法。」
(2) 単体発明(訂正後のもの)
「炭素質物質を、鉄、コバルト、ニッケル、ロジウム、ルセニウム、オスミウム、イリジウム、クロム、タンタル及びマンガンより成る一群の金属より選択されたいずれか一つの触媒の存在下に、かつ、ダイアモンド形成域中で少くとも約75,000気圧の圧力、約1200〜2000℃の温度に曝し、生成されるダイアモンドを回収することを特徴とするダイアモンド合成法。」
2 合金発明の構成要件
(一) 構成要件の分説
合金発明の要件を構成要件別に整理すると次のとおりである。
(1) 原料 炭素質物質
(2) 触媒 少なくとも二つの金属の合金であつて、そのうち少なくとも一つが
イ 周期律表第Ⅷ族に属する金属
ロ クロム
ハ タンタル
ニ マンガン
のうちから選択した金属であること
(3) 反応条件
前記原料と触媒とを組み合せて、
イ ダイアモンド安定帯域中で
ロ 少なくとも約五万気圧以上の圧力及び少なくとも摂氏約一二〇〇度(以下、特に表示しないが、温度は摂氏による。)以上の温度に曝すこと
(4) 目的物 人工ダイアモンド
(二) 構成要件の解釈
(1) 原料
炭素質物質とは、炭素を含有する物質であつて、グラファイト(黒鉛)がその代表的なものであるが、それに限られない。
(2) 触媒
イ 炭素質物質の炭素の結晶構造を変えることによりダイアモンドを生成する契機となるのが触媒である。合金発明においては、その触媒は合金であり、それは少なくとも二つの金属を含み、その中の少なくとも一つに前記(一)(2)のイないしニの金属を用いなければならないが、もちろんこれらを二つ以上用いてもよい。
なお、周期律表第Ⅷ族に属する金属には、鉄、コバルト、ニッケル、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム及び白金がある。
ロ 合金発明における「合金」は、構成要素となる金属の種類に限定があるだけで、他に限定はない。すなわち、その結合形態は、単に複数の金属(他に炭素等が加わつてもよい。)が溶け合つているものであればよく、固状でも液状でも、金属結合を保つているから、「合金」に含まれる。なお、合金を形成する金属の配合割合においては、合金の総重量に対し少ないほうの金属成分が二パーセント以上存在しているものが合金発明における「合金」である。
ハ 合金は、反応時、すなわち、所定の温度、圧力条件下において存在すれば足りる。したがつて、反応開始前である反応装置への仕込時において既に固体合金を形成しているものに限られず、単体金属の混合物を仕込んでも、右の条件下において合金を形成しておれば、「合金」に含まれる。更に、合金を構成する金属の由来は問わないから、端盤、電極板等に用いられた金属が、右の条件下で溶融して合金を形成したような場合でも、「合金」に含まれると解してよい。
このことは、特許請求の範囲の記載自体から明らかであるし、合金が触媒(目的たる反応を助け、あるいは促進させる役割を有するもの)であるということからも、反応時に存在すれば足りることは、技術常識である。
また、このことは、合金明細書の発明の詳細なる説明中に特に注意的に明記してある(公報二頁左欄四三行ないし四六行)。
なお、発明の詳細なる説明中で用いられている「予め形成された合金」とは、「反応に先立つて形成された合金」の意味であつて、「合金」と同じ意味である。仮に、これを「反応装置に仕込むに先立つて形成された合金」と読まざるをえないとしても、それは、望ましい実施例についての説明であつて、特許請求の範囲においては、単に「合金」とされていて、何ら限定されていないから、前記した「合金」の解釈を否定する根拠とはなりえない。
更に、ダイアモンド形成反応は、触媒合金が溶融して液状になつているときに生起するものであり、合金明細書中でもその旨が開示されているから、装置への仕込時にどのような状態であつても、反応時においてはすべて液体合金となるのであつて、触媒作用において差異がない。
(3) 反応条件
イ 原料と触媒の組合せ
「組合せて」とは、炭素と触媒を一緒に、同時にという意味であり、各別に所定の温度、圧力に曝すのではないということである。換言すれば、炭素質物質と合金触媒と所定の温度、圧力の条件全部が揃つた時、揃つた場所でダイアモンド生成が起きるのであり、この条件が具備するに至る経過は問わない。
ロ 温度
温度は、熱電対の通常の用法、すなわち常圧下で熱電対を用いて起電力の読みにより温度を測定する方法で測定されたもので、超高圧下では補正しなければならないが、補正の程度については、今だに確たる定説がない。
ハ 圧力
圧力は、合金発明の特許出願時最も一般的に行われていたものであり実務上唯一の測定方法であつたB・W・ブリッジマンが発表した金属元素の電気抵抗値の相変化を利用して測定する方法(以下、この方法により測定する場合の尺度を「ブリッジマン尺度」という。)により測定されたものである。
ニ ダイアモンド安定帯域
ダイアモンド安定帯域とは、炭素がダイアモンドの結晶構造となつたときに、その結晶構造が最も安定する温度、圧力の領域を指す。合金明細書の添付図面が、その領域を示している。
3 単体発明の構成要件
(一) 構成要件の分説
単体発明の要件を構成要件別に整理すると次のとおりである。
(1) 原料 炭素質物質
(2) 触媒 鉄、コバルト、ニッケル、ロジウム、ルセニウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、クロム、タンタル及びマンガンのうちから選択したいずれか一つの金属であること
(3) 反応条件
前記炭素質物質を右触媒の存在下に、
イ ダイアモンド形成域中で
ロ 少なくとも約七万五〇〇〇気圧以上の圧力及び約一二〇〇ないし二〇〇〇度の温度に曝すこと
(4) 目的物 人工ダイアモンド
(二) 構成要件の解釈
単体発明の構成要件の多くは、合金発明の構成要件について前記したことに付加して説明すべきことはないので、温度、圧力条件の「約」の意味について説明する。
(1) 単体発明においては(合金発明でも同じであるが、以下単体発明についてのみ説明する。)、圧力、温度条件は、約何気圧以上、約何度以上と「約」という表現が用いられている。これは、超高圧、超高温の性質上、同じ尺度を用いても、反応室内の圧力、温度の正確な数値を示すことは不可能であるためである。「約」の幅については、明細書中には説明がないが、特許出願当時の超高圧、超高温の技術分野においては、圧力について上下に各一〇パーセント、温度について一〇〇度以内が「約」の幅であつたもので、単体発明における「約」の幅も、これと同じである。
(2) 圧力について、上下一〇パーセントの幅をもつてしか示すことができなかつた理由は、次のとおりである。
イ 超高圧は、これを直接測定する方法がなく、予め外圧ゲージと内圧の関係を定めておいて外圧から内圧を推測するという間接法によるほかない。
ロ 同一装置で同じ設定をしても再現性に幅があり、これは、ダイアモンド合成用のものだけでなく、圧力検定自体でも、検定毎の内部圧力の再現性に幅がある。
ただし、同一装置で同じ設定をした場合の同じ条件下での圧力の相対的異同は、数百気圧まで正確に示されるが、このことと客観的値の表示の誤差とを混同してはならない。
ハ 検定は、検定容器内部の構成や高圧装置の種類によつても値が異なる。ただし、検定時と反応時の構成をできる限り同じにすれば、誤差はロの再現幅に吸収できる。
ニ 圧力検定は常温で行うが、高温下での圧力の不確実さの幅は増幅される。この幅が最も大きいので、他の誤差を略々吸収して考えてもよい。この幅が、特許出願当時、常温下での圧力プラス・マイナス一〇パーセントであるとされていた。
(3) 合金明細書の実施例には、例えば七万七五〇〇気圧の例が記載されているが、これは、五〇〇気圧を「約」の幅とする趣旨ではなく、単に、プレス圧力(外圧)に対応する内圧をグラフ上で読んだ結果にすぎない。ブリッジマン尺度について、例えばバリウム転移点を七万七四〇〇気圧としているのも、ブリッジマンがバリウム転移点を八万kg/cm2と定めた数値を変換定数を用いて換算しただけのことである。
(4) そもそも、単体発明との境界を確定しなければならないような従前技術は全く存在していなかつたのであるから、特許請求の範囲で示された圧力の表示は、本来厳密な数値限定をする趣旨ではなく、その必要もなかつたものであり、ただ、単体発明で開示された特定の金属触媒が炭素質物質をダイアモンド結晶に転換するための触媒作用を有効に果たしうる圧力、温度範囲のおよその領域を示したものである。したがつて、全く隔絶した領域の圧力、温度ではなく、その有効圧力、温度領域と接した範囲内にあるものは、数値的にはみ出ていても、これを特に除外するという意味ではないという意味で、「約」が用いられている。
4 被告らの方法
(一) 昭和三九年の方法
被告小松ダイヤ及び被告石塚研究所が昭和三九年に行つていたダイアモンドの製造方法(以下「昭和三九年方法」という。)は、次のとおりである。
(1) 原料 黒鉛
(2) 触媒 ニッケルとクロムの合金
なお、右のニッケルとクロムの合金というのは、ダイアモンド合成反応が行われる高温高圧下でニッケルとクロムとが合金を形成していることをいい、反応装置に仕込む時点でどのような状態であつたかは、被告らの方法の特定上は、問題とする必要がない。
(3) 反応条件
前記黒鉛と触媒を次の条件下に曝す。
イ 温度 約一三〇〇ないし一四〇〇度
ロ 圧力 約六万五〇〇〇ないし七万三〇〇〇気圧以上(ブリッジマン尺度による。)
ハ ダイアモンド安定帯域内
(二) 昭和四〇年以降の方法
被告小松ダイヤ及び被告石塚研究所が昭和四〇年から昭和四八年まで、被告東名ダイヤが昭和四七年及び昭和四八年に行つていたダイアモンドの製造方法は、次の(1)又は(2)のとおりである。なお、(1)と(2)の割合は、(1)が三分の二、(2)が三分の一である(以下、(1)の方法を「昭和四〇年以降第一方法」と、(2)の方法を「昭和四〇年以降第二方法」という。)。
(1)イ 原料 黒鉛
ロ 触媒 コバルト、ニッケル、鉄、マンガン、クロムのうち二つ以上の金属をもつて構成する合金
なお、右の合金というのも、反応時においてのことであつて、仕込時の状態をいうものではない。
ハ 反応条件
前記黒鉛と触媒を次の条件下に曝す。
A 温度 約一四〇〇ないし一五〇〇度
B 圧力 約六万九〇〇〇気圧以上(ブリッジマン尺度による)
C ダイアモンド安定帯域内
(2)イ 原料 黒鉛
ロ 触媒 コバルト
ハ 反応条件
前記黒鉛と触媒を次の条件下に曝す。
A 温度 約一四〇〇ないし一五〇〇度
B 圧力 約七万六〇〇〇気圧以上(ブリッジマン尺度による。)
C ダイアモンド形成帯域内
(三) 昭和四〇年以降第一方法の触媒
触媒金属は、通常、ダイアモンドの結晶成長過程で断続的に結晶中にとり込まれるので、結晶中に不純物として包有されている物の組成は、触媒の組成を反映する。そして、被告らの昭和四〇年から昭和四八年までの製品の三分の二は、前記五種の金属のうち二つ以上が重量比において金属成分全体の二パーセント以上に含まれている合金を包有している。したがつて、右の製品は、前記五種の金属のうち二つ以上により構成される合金を触媒としたものである。なお、被告らの製品の残り三分の一は、コバルトのみを包有している。
(四) 昭和四〇年以降第二方法の圧力条件
被告らの用いた圧力条件は、被告らの製品を分析することにより、知ることができる。この点について、以下説明する。
(1) 人工ダイアモンドの晶形、粒度(寸法)、粒数は、触媒毎の最低条件を基点として、圧力、温度、時間の相関関係によつて、極めて定性的、定量的に成長推移していく。その相関関係は、次のとおりである。
イ 温度と晶癖
若干圧力も関係するが、温度と晶癖の関係は、あらゆる触媒につき、別紙第一図記載のような図式を適用することができる。
ロ 圧力と収量及び形状
圧力と粒数の関係は、あらゆる触媒につき、別紙第二図面記載のような図式で表される。しかし、圧力は、更に粒の大きさにも関与するので、粒数×粒度=収量の関係では、圧力は、右の図式に粒度を乗じた式で大きく収量を左右する。
また、圧力が高いと結晶成長速度を促進するので、規則的結晶ができ難く、かつ、粒子数増大により相互干渉するので、不規則形状、多晶質の粒が増大する。
なお、各触媒金属の作用しうる理論的最低圧力値においては実際にダイアモンドが生成することはなく、実験室的に数粒のダイアモンドが生成するのは、それより三〇〇〇ないし四〇〇〇気圧(約五パーセント)高い圧力であり、更に工業的収率をうる圧力範囲の最低線はそれより三〇〇〇ないし四〇〇〇気圧(約五パーセント)高い。この関係を図示すると別紙第三図面のとおりである。すなわち、①触媒金属と炭素の共融温度線とダイアモンド―グラファイト平衡線の交点×が当該触媒の理論上の最低圧力、最低温度条件を示す。②しかし、平衡線に近くダイアモンドが生成するのは、当該触媒の最低条件より高いY、Zのようなところである。③研究室ベースで数粒できる最低線はA線に沿つた斜線部である。④A線とB線の間、特に四角で囲んだ部分は比較的孤晶の良晶のダイアモンドができる。⑤B線以上は多晶質、不規則形状が多くなる。⑥C線以上は工業ベースの収量が得られるが、多晶質、不規則形状が多くなる。
ハ 時間と収量及び形状
時間は主として粒径(寸法)の増大に関する。しかし、数分経過後は極めて緩慢であり、一例では、四分以後三〇分で二倍になる程度である。
最大圧力保持時間が二分を過ぎると、粒数の増加は止まる。
したがつて、総体的に時間が収量に関与するのは、三ないし六分までで、その後は極めて緩慢な結晶の成長が続くのみである。
時間と晶形とは直接の関係はなく、形状の原形は、最初の一、二分の圧力、温度条件で決定され、その後はその形状(核)に沿つて次第に大きくなる。低圧では粒数が少ないので、長時間で大きく成長して複数結合しても、結晶のよいものが二、三結合した形になるのみで、不定形にはならない。
(2) 以上の相関関係をコバルトを触媒とする場合についてみると、圧力、温度と形状との関係は別紙第四図面記載のようになり、大別して規則的良晶孤立粒の領域と不規則形状の領域とが存在し、大部分が不規則形状の粒子で占められるのは、圧力が七万六〇〇〇気圧(ブリッジマン尺度による。)を超える領域である。
(3) 昭和四〇年以降の被告らの製品は、ほとんどが不規則形状であり、まれに見られる規則的良晶は、明らかに合金触媒で生成したものの中にしかない。したがつて、被告らの製品のうち、コバルトのみを触媒とするものは、七万六〇〇〇気圧(ブリッジマン尺度による。)以上の圧力で合成されたことが明らかである。この関係は、低圧で時間を延長するだけでは変えることができない。また、被告らの工業的収益は二五パーセント以上であり、この点からも、七万六〇〇〇気圧以上、約八万気圧前後の圧力が用いられたことは、明らかである。
5 合金発明及び単体発明と被告らの方法との対比
前記4記載の被告らの行つた方法のうち、昭和三九年方法及び昭和四〇年以降第一方法と合金発明、同第二方法と単体発明とをそれぞれ対比すると、以下に述べるとおりであつて、被告らの行つたこれらの方法はいずれも合金発明又は単体発明の技術的範囲に属する。
(一) 昭和三九年方法と合金発明との対比
(1) 原料
黒鉛は典型的な炭素質物質である。
(2) 触媒
ニッケルは周期律表第Ⅷ族に属する金属であり、またクロムは合金の構成要素として特に明示された金属であるから、ニッケルとクロムの合金は、合金特許における「合金」に当たる。
(3) 反応条件
被告らの方法における温度及び圧力条件は、いずれも合金発明の温度及び圧力条件を満たしており、かつ、合金明細書の添付図面により明らかなように、ダイアモンド安定帯域に入る。
(4) 目的物
人工ダイアモンドである。
(二) 昭和四〇年以降第一方法と合金発明との対比
(1) 原料
黒鉛は典型的な炭素質物質である。
(2) 触媒
ニッケル、コバルト及び鉄は周期律表第Ⅷに属する金属であり、またマンガン及びクロムは合金の構成要素として特に明示された金属であるから、これらのうち二つ以上の金属をもつて構成する合金は、合金特許における「合金」に当たる。
(3) 反応条件
被告らの方法における温度及び圧力条件は、いずれも合金発明の温度及び圧力条件を満たしており、かつ、合金明細書の添付図面により明らかなように、ダイアモンド安定帯域に入る。
(4) 目的物
人工ダイアモンドである。
(三) 昭和四〇年以降第二方法と単体発明との対比
(1) 原料
黒鉛は典型的な炭素質物質である。
(2) 触媒
コバルトは単体発明の触媒金属として記載されているものの一つである。
(3) 反応条件
被告らの方法における温度及び圧力条件は、いずれも単体発明の温度及び圧力条件を満たしており、かつ、ダイアモンド形成域に入る。
仮に、被告らの生産したダイアモンド中に七万六〇〇〇気圧以下の圧力で生成されたものがあつたとしても、それはごく微量であり、無視しうる。また、七万一〇〇〇気圧以下ではダイアモンドの生産は不可能であり、七万一〇〇〇気圧以上の圧力は、「約七万五〇〇〇気圧以上」の範囲であるから、いずれにしても、単体発明の圧力に関する構成要件を充足する。
(4) 目的物
人工ダイアモンドである。
(四) 以上のとおり、昭和三九年方法及び昭和四〇年以降第一方法は、いずれも合金発明の構成要件をすべて充足するから、その技術的範囲に属し、また、昭和四〇年以降第二方法は、単体発明の構成要件をすべて充足するから、その技術的範囲に属するものである。
したがつて、昭和三九年方法及び昭和四〇年以降第一方法を実施したことは、原告の合金特許権又はこれに係る仮保護の権利を侵害するものであり、昭和四〇年以降第二方法を実施したことは、原告の単体特許権に係る仮保護の権利を侵害するものである。
6 共同不法行為
(一) 被告等会社設立の経緯
(1) 被告小松ダイヤ、同東名ダイヤ同石塚研究所(以下「被告等会社」という。)は、すべて被告石塚博の企図の下に設立された会社である。
被告石塚博は、昭和二九年に被告石塚研究所を設立し自ら右被告会社の代表取締役におさまり、数名の技術者を集め、目先の変わつた化学物質を扱つては製造、販売するなどしていたが、昭和三七年に原告の本件特許等が公告になるや人工ダイアモンドに目をつけてその製造を試み、昭和三八年二月資本金一億円で株式会社小松製作所と被告石塚研究所との五〇対五〇の株式比率で被告小松ダイヤを設立し、神奈川県平塚市の右被告石塚研究所と同敷地内において被告石塚博の指導の下人工ダイアモンドの製造、販売を開始させ、その時より以後同人が被告小松ダイヤの代表取締役におさまつている。
その後、被告小松ダイヤ内で被告石塚博の技術指導内容及び経営方針に対し合弁相手方である株式会社小松製作所より異議が生じたことにより、被告石塚博は、昭和四五年一二月、被告石塚博の姻戚にあたる松尾一を代表者にすえ、別に株式会社石研ダイヤモンド工業の名称で、小松製作所の資本を入れずに、やはり前記同敷地内に人工ダイアモンドの製造、販売を目的とする資本金一億二千万円の会社を設立し、被告小松ダイヤとは別に翌昭和四六年一月ごろより前記同敷地内にて人工ダイアモンドの製造、販売を開始した。
(2) しかし、ようやく小松製作所との和解にこぎつけ、昭和四七年一月、右株式会社石研ダイヤモンド工業の商号を東名ダイヤモンド工業株式会社と変更し、資本金を三億円と増資し、資本構成小松製作所四〇パーセント被告石塚研究所六〇パーセントで、しかし役員はこれまでの石塚傘下の者のままで、右被告東名ダイヤの人工ダイアモンドの製造、販売を本格化したのである。それと同時に昭和四七年一月、被告小松ダイヤより被告石塚博とともに代表権のあつた小松製作所系の人物である倉富龍郎を退任させることによつて、それ以降被告石塚研究所の役員など被告石塚博の傘下の者のみで右被告小松ダイヤを掌握し、昭和四七年一月以降、被告石塚研究所、被告小松ダイヤ、被告東名ダイヤは全く被告石塚博を頭とする同一体の色彩を深めたのである。
(3) しかし被告石塚博は昭和四七年以降人工ダイアモンドの製造、販売作業の一体化をはかるため、被告東名ダイヤには「TOMEI」ブランドのダイヤを製造、販売させる他、同四七年暮れ、被告小松ダイヤの従業員をほとんど被告東名ダイヤに移籍させ、さらにこれら従業員を小松ダイヤに出向させて、「KOMATSU」ブランドのダイアモンドの製造にあたらせ、その販売は被告東名ダイヤが請負つており、現在被告小松ダイヤはただのトンネル会社のごときものにすぎない。
以上で解るように、被告石塚博は被告等会社を掌握しあたかも右会社等は一つの有機的組織体を形作つているかのごとくである。
(二) 被告等会社の各侵害行為
(1) 被告小松ダイヤ
被告小松ダイヤは昭和三八年に人工ダイアモンドの製造、販売等を目的として設立されて以来、被告石塚博及び被告石塚研究所の指導の下、昭和三九年一二月までは昭和三九年方法を用いて、昭和四〇年一月より昭和四六年末までは昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法を用いて、百数十名の従業員を擁し五〇〇トン以下のプレスを使用して人工ダイアモンドの製造、販売を続けていた。
なお先に述べたとおり、前記(一)(2)及び(3)に記載の経緯により被告東名ダイヤの製造販売を一本化することとなつた昭和四七年一月頃よりその年のうちには、被告小松ダイヤの百数十名の従業員は、被告石塚博の命により強制的に同社を退社して被告東名ダイヤに就業させられ、更に被告小松ダイヤに製造担当要員として出向させられているが、そのときより被告小松ダイヤの専従の従業員は二、三名を数えるのみである。
しかしこれら従業員は特許管理の名目で被告小松ダイヤの事務のみならず被告東名ダイヤ、被告石塚研究所の事務もとり行つており、このような形でも右両被告等の不法行為に加担している。
したがつて前記(一)の(3)の通り、昭和四七年の暮れ以降は、被告小松ダイヤは被告東名ダイヤの出向要員に従前の同社の工場と装置を使用させて、やはり昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法で人工ダイアモンドの製造を行なつている。このようにして製造された人工ダイアモンドは、「KOMATSU」ブランドで被告東名ダイヤに販売を委託し、その製品の売上代価は被告小松ダイヤに入金される。
(2) 被告東名ダイヤ
被告東名ダイヤは、工業用ダイアモンドの製造、販売を目的として設立以来、被告石塚博及び被告石塚研究所の技術指導の下で、昭和四六年度より株式会社石研ダイヤモンド工業の名で昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法で人工ダイアモンドの製造を続けていたが、昭和四七年一月以降より更に製造を本格化し、被告小松ダイヤの工場の東隣りに新工場が建設され、そこで一万トンプレスの装置を用いて、やはり右と同じ方法にて「TOMEI」ブランドの人工ダイアモンドを製造、販売している。それと並行して、前記のとおり、被告小松ダイヤに従業員を出向させ、「KOMATSU」ブランドの人工ダイアモンドの製造を担当し、その製品の販売を請け負い、また被告石塚研究所にて研究用に製造された人工ダイアモンドの販売も併せ行つている。
従業員は前記の如く被告小松ダイヤ、被告石塚研究所より移籍した者及び被告石塚研究所よりの出向社員等で構成されており、百数十名を擁し、他にパートタイマーでカーボン、触媒を容器に詰める作業をする者数名を用いている。
(3) 被告石塚研究所
被告石塚研究所は、昭和三七年以降人工ダイアモンドの製造を試み、以後被告小松ダイヤ、同東名ダイヤ設立以来被告石塚博を中心に一貫して右被告会社等の人工ダイアモンド製造の技術の指導にあたつている。
すなわち被告石塚研究所は、昭和三八年はじめころ、同社がそれまで人工ダイアモンド製造に関して有していた設備、材料等一切を被告小松ダイヤに譲渡し、もつて被告小松ダイヤに五〇〇トン以下の装置を使用して昭和三八年終りより昭和三九年末まで昭和三九年方法、昭和四〇年以降は昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法により人工ダイアモンドを製造する方法を指示した。更に、被告石塚研究所は被告石塚博の主宰のもとに、七千トン、二万千トン、一万トンのプレスによる製造を続け、昭和四五年暮れ被告東名ダイヤの前身である株式会社石研ダイヤモンド工業が設立されたとき、同会社に被告石塚研究所の所有する一万トンプレスの装置、材料、製造したダイアモンド一切を譲渡し、昭和四七年はじめ被告東名ダイヤに商号変更されたのちも、被告石塚研究所は同会社に一万トンプレスを用いての昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法による人工ダイアモンド製造の技術指導にあたつている。
右被告東名ダイヤ設立の昭和四六年頃より、被告石塚研究所の従業員のうち大学卒業資格の無い者を、被告石塚博の命令で株式会社石研ダイヤモンド工業に移籍させ、被告東名ダイヤの人工ダイアモンド製造要員にあてている。
しかし学卒者については、やはり被告石塚博の命令で、それまで通り被告石塚研究所にとどまり、現在までダイアモンド製造を続け、その結果できる人工ダイアモンドは、被告東名ダイヤにその販売を委託している。
また被告石塚研究所は、自ら製造する一方、被告東名ダイヤへ学卒従業員を出向という形で就業させ、同会社において製造部長、課長といつた現場指導者の立場に立たせることにより被告東名ダイヤの製造を教唆、幇助している。
(三) 共同行為の存在
(1) 被告石塚博の立場
被告石塚博は、被告等会社を自由にコントロールして、合金特許権、単体特許権又はこれらの仮保護の権利の侵害行為につきそれぞれの会社に対し教唆、幇助を行なつた。
すなわち、被告石塚博は、合金発明及び単体発明の公告以来これらの発明をもとに被告石塚研究所の人員を手足にして人工ダイアモンドの製造研究にいそしんでいたが、何とか産業化のめどが立つてからは、前述の経緯でいくつかの新会社を設立し、これら被告等会社に人工ダイアモンド製造の指導を行ない更に被告等会社の経営権をも握つている。
被告石塚博は、被告小松ダイヤ及び同石塚研究所設立以来現在まで、一貫してこれら被告会社の代表取締役の地位にある。また被告東名ダイヤでは、代表取締役ではないが、昭和四七年に東名ダイヤと社名を変更してからは現在まで取締役であり、同会社の代表取締役は被告石塚博の姻戚関係にあたる松尾一がこれを勤めている。訴外松尾一はただ被告石塚博の姻戚であるということで代表者におさまつた人物であり、実質的には被告石塚博が同社においても実権を握つているのである。
また被告会社の役員欄をみても、すべて被告石塚博の傘下にある者でかためられており、特に本件訴訟に関連する昭和四七年以降を見ても佐久間志郎、千谷昇、内田二郎をそれぞれ被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの役員として、藤嶋憲一を被告小松ダイヤ及び被告石塚研究所の役員として、角所啓志、北尾和敏を被告東名ダイヤ及び被告石塚研究所の役員として、松尾一を被告等会社の役員として、それぞれ就任させ、また被告石塚博の妻石塚はなを被告石塚研究所の取締役に就任させている。
また被告石塚博は、被告石塚研究所の学卒技術者を側近として掌握し、これら技術者を被告石塚研究所の系列会社である被告東名ダイヤ等に出向という形で出向かせ、技術面のみならず労務面までも管理させる方式をとつており、この方式によつて同人の被告小松ダイヤ、同東名ダイヤへの権限を強化させている。
しかし、これら被告石塚研究所の従業員もまた、同人の命令一つで系列会社間を自由に移動させられる立場にある。
被告石塚博は、右のような間接的な統制をとると同時に、自らも被告東名ダイヤの工場で人工ダイアモンド製造の実験を続け、直接、被告東名ダイヤの従業員に対し指導監督に及ぶことが少くない。
(2) 被告等会社の関係
被告等会社は神奈川県平塚市の被告石塚研究所所有の同一敷地内に相隣接して所在している。
被告石塚研究所は平塚市に事務所、工場等用地として、
(イ) 神奈川県平塚市八幡字西尼沼一五一番六
(ロ) 同県同市八幡字南比丘尼一〇一番一五
(ハ) 同県同市平塚新宿字東天沼六番 の三筆の宅地を有しているが、右土地は地続きの一つの敷地となつている。
右敷地上に合計約一〇棟の工場、事務所、倉庫等が存在するが、これらもすべて被告石塚研究所の所有に依るものであつて、互いに隣接して建て混んでいる。
これら工場や事務所は被告等会社の間で事実上共同して使用されているが、これは被告東名ダイヤ、同小松ダイヤにおいて所有者である被告石塚研究所より借用している。
また、被告石塚研究所は、神奈川県平塚市字鮫川五二〇及び五二一番地に土地を所有し、その上に鉄筋五階建の寄宿舎を有しているのであるが、この寄宿舎にも被告石塚研究所の従業員であると否とを問わず、一定の技術水準に達している者であれば被告小松ダイヤの者であろうと被告東名ダイヤの者であろうと入寮することができる。
このように物理的にも密接した位置関係にあるので、流動的に各会社間の人事をたやすく行うことができる。
昭和四七年被告東名ダイヤの製造の本格化の時に、被告石塚研究所及び被告小松ダイヤより人員が被告東名ダイヤに流入したこと以外に、日常的には、被告東名ダイヤの従業員が被告小松ダイヤに出向して被告小松ダイヤのため製品の製造を行ない、この販売は被告東名ダイヤが請負つていること、被告小松ダイヤ及び同東名ダイヤへは被告石塚研究所からの技術指導の為の出向社員が出むいていること、被告小松ダイヤの事務処理の為の従業員二、三名は、特許管理と称して、被告小松ダイヤの事務のみならず、被告東名ダイヤ、同石塚研究所の技術管理事務も合わせ行なつているなど、各被告会社間の共同行為は枚挙にいとまがない。
被告等会社は、以上述べた通り、被告石塚博の意向によりいかようにでも姿を変える組織であるので、その従業員等ですら自己の就業している会社の実体をつめない有様である。
(四) 以上のとおりであるから、少なくとも昭和四五年及び昭和四六年においては被告石塚博と被告小松ダイヤが、昭和四七年及び昭和四八年においては被告ら四名が、共同して前記不法行為を行つたものである。
7 損害額
原告は、その製品を三井物産株式会社を通じて日本のダイアモンド工具メーカーに販売している、
被告小松ダイヤは、昭和三八年頃から昭和三九年方法により人工ダイアモンドの製造、販売を始め、昭和四〇年当初からは昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法により人工ダイアモンドの製造販売を続け、昭和四七年以降はその販売を被告東名ダイヤに委託している。
被告東名ダイヤは、昭和四七年より昭和四〇年以降第一方法及び同第二方法により人工ダイアモンドの製造、販売を始め、現在に至つている。
被告石塚研究所は、少なくとも昭和三九年より人工ダイアモンドの製造を始め、昭和四五年暮れには従前の製造分を被告東名ダイヤの前身である株式会社石研ダイヤモンド工業に売却し、その後も人工ダイアモンドの製造を行い、少なくとも昭和四七、同四八年はその製造を継続している。
被告小松ダイヤ、同石塚研究所は、被告東名ダイヤをして原告と競合する取引先にその製品を被告東名ダイヤ製品と共に販売させており、昭和四八年まで原、被告以外に日本国内で人工ダイアモンドを販売し、又は輸入している者はいない。したがつて前記被告らの本件特許権侵害行為により、被告らが利益を得る反面、原告は右被告小松ダイヤ、同東名ダイヤ及び同石塚研究所の販売量に相当する自らの日本国内市場における販売量を失い、損害を蒙つた。
被告らの昭和三九年以降の売上高及び利益は別表に掲載するとおりである。
よつて原告の損害は、
(一) 被告小松ダイヤの昭和三九年から同四四年までの人工ダイアモンド製造、販売により金六億七六八〇万円、(昭和四五年二月六日)
(注) 括弧内は請求が被告に送達された日の翌日を示す。
以下同じ。
(二) 被告小松ダイヤ及び同石塚博の昭和四五年、同四六年の共同不法行為により金五億円、(昭和四八年三月一四日)
(三) 被告石塚研究所の昭和三九年以降昭和四五年の人工ダイアモンドの製造及びその被告東名ダイヤの前身である株式会社石研ダイヤモンド工業への譲渡について金一〇四八万三二〇〇円、(昭和五〇年九月一一日)
(四) 被告小松ダイヤ、同東名ダイヤ、同石塚博、同石塚研究所の昭和四七年及び同四八年の共同不法行為により金六億六〇〇〇万円(内三億円につき昭和四八年三月一四日、三億六〇〇〇万円につき昭和四九年一〇月二四日)
及び右各金員に対する各請求が被告らに送達された日の翌日(右金員下の括弧内)からの遅延損害金の合計額となる。
8 不当利得
被告小松ダイヤは、昭和三九年から昭和四四年一月までの間、原告の許諾なしに合金発明又は単体発明を実施し、別表利益高欄のとおりの利得を法律上の原因なく得た。ところで、人工ダイアモンドの日本市場は、原、被告により占められているから、原告は被告の売上数量に等しい売上数量の減少を余儀なくされた。したがつて原告は被告の売上により得た利得と同等額の損害を蒙つたものということができ、それは原告の損失に伴う被告の利得であるから、右利得と損失は相当因果関係がある。
9 よって、原告は、
(一) 被告小松ダイヤに対し、昭和三九年から昭和四四年までの前記不法行為による損害金(昭和三九年から昭和四四年一月までは、予備的に、前記不当利得金)合計六億七六八〇万円とこれに対する遅滞に陥つた日の翌日である昭和四五年二月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、
(二) 被告石塚博及び同小松ダイヤに対し、昭和四五年及び昭和四六年における前記共同不法行為による損害金合計五億円とこれに対する遅滞に陥つた日の翌日である昭和四八年三月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、
(三) 被告石塚研究所に対し、昭和三九年から昭和四五年までの前記不法行為による損害金合計一〇四八万三二〇〇円とこれに対する遅滞に陥つた日の翌日である昭和五〇年九月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、
(四) 被告ら四名に対し、昭和四七年及び昭和四八年における前記共同不法行為による損害金合計六億六〇〇〇万円と、内金三億円に対しては遅滞に陥つた日の翌日である昭和四八年五月一四日から、内金三億六〇〇〇万円に対しては同じく昭和四九年一〇月二四日から、それぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1は認める。
2 同2のうち、(二)の(2)のロ及びハ並びに(二)の(3)を否認し(ただし、(二)の(3)のロのうち、単体明細書に温度を熱電対装置で常法により測定すると記載されていることは認める。)、その余は認める。
3 同3のうち、(二)の(1)ないし(4)は否認し、その余は認める。
4 同4のうち、(一)の(1)及び(3)のイは認め、その余は否認する。
5 同5のうち、(一)の(1)、(3)及び(4)は認め、その余は否認する。
6 同6のうち、被告等会社の設立時期、資本金、所在地、資本構成、商号の変遷、土地建物の所有関係及び商品名は認め、その余は否認する。
7 同7のうち、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの売上額及び利益が別表のとおりであることは認め、その余は否認する。
8 同8は否認する。
三 被告らの主張
1 合金発明の構成要件の解釈
(一) 触媒合金の範囲
合金発明の触媒となる「合金」は、以下に述べるとおり、合金明細書中で用いられている「予め形成された合金」を指し、「前もつて形成された合金」の意味であつて、反応装置に仕込む時点で合金を形成しているもののみを意味する。
(1) 合金発明は、物を生産する方法の発明であり、特許請求の範囲は、その発明を構成するに必要な要件を経時的に組み合わせて記載している。その記載によれば、所定の温度、圧力に曝されるのは、炭素質物質と合金を含む触媒との二つが組み合わされてできた出発原料でなければならないこととされているから、右の「合金」は、仕込時に形成されていなければならない。この点は、同一出願人の同日出願である単体発明の特許請求の範囲が「…触媒の存在下に…」としているのと対比すれば、一層明らかである。
(2) 合金明細書の発明の詳細なる説明においては、触媒を一貫して「予め形成された合金」、「予め形成された合金触媒」と述べており、更に、これを積極的に定義づけて「茲で『予め形成された合金』という言葉は、一つ以上(被告注・「二つ以上」の誤訳)の金属で形成されたものを示し、その中で各金属の原子は他のすべての金属の原子と親密に組合わされておりかつ各金属の原子は金属結合により他の金属の原子に保持されているものを意味する。」とし、また、これを消極的に定義づけて「この言葉は二つ又はそれ以上の純粋な金属の単なる機械的混合物と区別する為に使用することを意図している。」として、積極、消極の両面から厳密に定義している(公報二頁左欄三七行ないし四三行)。
右の積極的定義における「金属結合」とは、固体金属の内部における結合形をいうから、右の定義を充足する合金触媒は、固体合金触媒に限られる。
前記消極的定義における「機械的混合物」とは、粒状たると粉状たるとを問わず、二種以上の金属を混ぜ合わせたもののすべてを指しているから、二種以上の金属を粒状又は粉状で混合し、それを触媒として用いる態様は、「合金」を触媒とする要件を充足しないことは明らかである。
(3) 合金明細書における発明の詳細なる説明の本文及び九つの実施例は、ことごとく仕込時に合金を形成している触媒を用いる態様を例示しており、仕込時に合金を形成しておらず、複数の金属を混合したにすぎないものを用いる場合につき、何の記載もない。このようなものが仕込時に合金を形成しているものと同様の作用効果を有するというためには、所定の温度、圧力下における異種の金属間の固体拡散とか、これによる合金形成、更にはそのようにして形成された合金の融点降下等について開示が必要であるにもかかわらず、何一つ言及されていない。
(4) 合金発明が完成される前に、金属混合物を用いて高温高圧下に人工ダイアモンドを合成する方法は、後記(7)のとおり、単体発明として既に発明されていた。合金発明は、単体発明の圧力条件が約七万五〇〇〇気圧以上であつたため、それ以下の圧力を使用しうる方法を完成することを課題とし(公報一頁左欄一九行ないし二一行)、「予め形成された合金」を触媒として使用することにより、圧力条件を約五万気圧にまで低くすることに成功したものである。そして、そのような効果を奏しえた理由の一つとして、「合金」が多くは「純粋な触媒金属」又は「少くとも一つの触媒金属を含有する金属混合物」より低融点を有することに基づき(公報二頁右欄三、四行)、これらを使用するときより酷でない温度、圧力条件下での変換が可能となるとしている(同八行ないし一二行)。右の三つのものの区別が、仕込時の状態によることは、明らかであり、高温高圧下での変化を意識していないことは疑いがない。
(5) 合金明細書の発明の詳細なる説明中の「併し、この合金は反応装置に仕込まれる以前に既に形成されていることを必ずしも必要とするものではなく、ダイアモンド変換反応が生ずるときに存在することを必要とするものである。」(公報二頁左欄四三行ないし四六行)という記載は、合金発明の特許出願後、昭和三五年一月六日の訂正により挿入されたものであり、出願時の明細書には存在しなかつた。合金特許に対応する米国特許明細書にも存在しない。右の記載は、以上述べたとおりの合金明細書の他のすべての記載と矛盾牴触するから、無視されるべきである。なぜなら、右の挿入により「合金」の範囲が拡張されるとの解釈をとれば、それは発明の要旨変更となり、出願日が繰り下がる結果、無効事由を有することになるからである。
(6) 合金発明の出願審査の過程における異議申立ての際、出願人である原告は、第五答弁及び証拠補充書において、「合成時に(装置から離脱して)混入したもの」や「原料中に初めから不純物として入つていたもの」は、合金発明の「合金」には該当せず、「特定の合金」を積極的に使用した場合のみが、「合金」に当たると述べた。したがつて、右のような不純物金属が合金発明の「合金」に当たらないことは、出願人たる原告の明言するところである。このような不純物金属が「合金」に含まれないということは、「合金」が、反応時における溶融合金ではなく、仕込時における合金であることになる。
(7) 単体発明の特許請求の範囲は、触媒金属について、現在「いずれか」とあるところが、昭和五二年に訂正されるまでは「少くとも」とされていた。また、右の訂正前の実施例一及び九ないし一二では、触媒金属等の粉末混合物が触媒金属として用いられていた。そして、単体発明の触媒金属の範囲は、白金が含まれていないだけで、合金発明の触媒を組成する金属の範囲と同じである。したがつて、「合金」についての原告の主張に従えば、これらの実施例はすべて、金属混合物が反応時には溶融して合金を形成し、その作用によりダイアモンドが生成されることになるから、合金発明の実施の態様でもあるということになる。これでは、同一出願人の同日出願である合金発明と訂正前の単体発明とが、技術的範囲を広範に重複させる結果となるから、原告の主張するような「合金」の解釈が誤りであることは、明白である。原告は、被告らがこの点を強く主張した結果、単体明細書を訂正して、金属混合物を触媒とする方法を単体発明の技術的範囲から取り除いたが、単体発明の技術的範囲を減縮しても、その分合金発明の技術的範囲が拡大することは、ありえない。
(二) ダイアモンド安定帯域
合金明細書には、非ダイアモンド炭素対ダイアモンド炭素の圧力、温度関係における状態図が示され、それに基づいて「ダイアモンド安定帯域」が説明されている。
その図中のV―V線は、ベルマン(バーマン)及びシモンにより提案されたダイアモンドーグラファイト均衡線である。ベルマンーシモンの均衡線は、実験に基づくものではなく、理論線であるから、その値は、絶対値(真正値)をもつて表わされているというべきである。
ベルマン及びシモンにより既に提案されていた理論によれば、均衡線たるV―V線の左上部分では、非ダイアモンド炭素のダイアモンドへの変換が起きるとされていた。ところが、合金発明では、V―V線の左上には「均衡帯域」があることを見出したといい、その中ではグラファイトはダイアモンドに変換されないという。明細書添付図面中のW―W線が、この発明者らの実験に基づいて得られた知見である「均衡帯域」の限界線である。V―V線が前記のとおり、絶対値により示されている以上、同一グラフ中に示されるW―W線も絶対値をもつて示されているものと解するほかはない。
以上のことから、合金発明の特許請求の範囲でいう「ダイアモンド安定帯域」は、右の図面中のW―W線の左上の部分を指していることは明らかである。明細書中に示された全ての実施例がW―W線の左上の部分の条件を用いていることからも、このことを裏付けることができる。
2 単体発明の構成要件の解釈
(一) 圧力条件に関する「約」の幅
(1) 合金明細書には、実施例として、七万七五〇〇気圧、八万七五〇〇気圧という圧力を用いる例が記載されている。したがつて、合金明細書における圧力の記載は、五〇〇気圧の差まで読み取れることを前提としているといえる。単体明細書では、五〇〇気圧という端数が付された圧力条件は記載されておらず、一〇〇〇気圧が最小の単位とされている。かかる記載に徴すれば、単体明細書における圧力の記載は、一〇〇〇気圧の差までが読み取れることを前提としているといえる。しかし、両発明の特許出願日は同日であるから、単体明細書における圧力の記載も、合金明細書の場合と同様、五〇〇気圧の差までが読み取れることを前提とすると解することも可能である。したがつて、両発明ともに、特許請求の範囲における圧力の値に付された「約」とは、五〇〇気圧を最低の単位とする趣旨であると解すべきである。
(2) 「約」の幅を上下に各一〇パーセントとする旨は、合金明細書にも単体明細書にも全く記載されていない。また、両発明の特許請求の範囲に記載されている圧力の値には「少くとも約」という語が付されているから、原告の主張は理由がない。
(二) 圧力の尺度
単体発明における圧力は、合金発明における圧力と同じく、絶対値をもつて表示されているもので、ブリッジマン尺度によるものではない。すなわち、後記(三)のとおり、単体発明の構成要件中の「ダイアモンド形成域」は、合金発明の構成要件中の「ダイアモンド安定帯域」と同じ意味であり、合金明細書の添付図面は、右の「ダイアモンド安定帯域」を絶対値により表示しているから、合金明細書及び単体明細書で用いられている圧力の数値は、絶対値によるものと解さなければならない。
(三) ダイアモンド形成域
(1) 単体明細書には、「ダイアモンド形成域」について特に説明はない。しかし、単体発明と合金発明との差異は、使用する触媒と最低圧力にあり、それ以外の要件には格別の差異はないと解すべきであるから、単体発明における「ダイアモンド形成域」とは、合金発明における「ダイアモンド安定帯域」と同義であるといわねばならない。
3 被告らの方法
(一) 昭和三九年方法
被告小松ダイヤが昭和三九年に行つていたダイアモンドの製造方法は、別紙第一目録記載のとおりである。なお、被告石塚研究所は、人工ダイアモンドを業として製造、販売したことはない。被告石塚研究所の行つた人工ダイアモンドの製造行為は、すべて試験研究のためにするものである。
(二) 昭和四〇年以降の方法
被告小松ダイヤが昭和四〇年から昭和四八年まで、被告東名ダイヤが昭和四七年及び昭和四八年に行つていたダイアモンドの製造方法は、別紙第二目録記載のとおりである。ただし、被告小松ダイヤの昭和四六年三月までの方法及び被告東名ダイヤの方法は、電極板にニッケルを使用するものであり、被告小松ダイヤの昭和四六年四月以降の方法は、電極板にコバルトを使用するものである。また、触媒であるコバルト粒は、後記(四)の(1)のとおり、還元処理をしたものである。
被告石塚研究所は、右期間中も、人工ダイアモンドを業として製造、販売したことはない。
(三) 昭和四〇年以降の方法の触媒
(1) 人工ダイアモンド中から不純物金属が複数検出されたとしても、その事実は、それらの金属がすべて触媒として使用されたことを示すものではない。
コバルトのみを触媒として使用した場合でも、生成したダイアモンド中からは、コバルトのほかに、ニッケル、鉄、マンガン等が検出される。したがつて結晶中の介在物を分析しても、その中から検出される複数の金属が、触媒として使用されたものか、あるいは、原材料や反応容器等から出て混入したものかを区別することは、不可能である。
このように、触媒として単一の金属のみを用いた場合にも、反応容器や原材料等に由来する他種の金属が、人工ダイアモナド中に混入することがあることは、単体明細書の訂正による削除前の実施例一にも記載されており、単体発明の発明者等の認識するところであつた。また、合金発明の出願審査の過程における異議申立ての際、出願人である原告は、第五答弁及び証拠補充書において、合成ダイアモンド中から金属元素が検出されたとしても、それがダイアモンドの合成に寄与したか否かは全く不明であること、それらは合成時に装置から離脱して混入したものや原材料中に初めから不純物として入つていたものかもしれず、そうであれば、合金発明の「合金」には該当しないことを述べている。したがつて、出願人である原告自身、ダイアモンドの結晶中から各種の金属が検出されても、それが「合金」を紙成する金属と速断しえないことは認識している。
また、触媒として用いられた金属の検出量と不純物金属の検出量との間に一定の関連性は存在しないから、検出された金属のうち重量比において金属成分全体の二パーセント以上含まれているものを触媒を組成した金属とすることも、根拠がない。
(2) これに対し、コバルトのみを触媒として使用した場合には、コバルトのみを含む介在物が存在するが、合金を触媒として使用した場合には、単体金属のみを含む介在物は存在しない。したがつて、介在物中からコバルト単体が検出されれば、他に複数金属が検出されても、触媒はコバルト単体であつたということができる。
被告らの昭和四〇年以降の製品を分析すると、コバルト以外の金属も検出されるが、それのみでコバルト単体が触媒ではなかつたとは断定できず、逆に、コバルトのみを含む介在物が存在しているから、触媒はコバルト単体であつたことが明らかである。
(3) また、ダイアモンド中の介在物の組成を分析しても、介在物中から検出される合金が、反応装置に仕込まれる時点で既に合金を形成していたか、単体金属の混合物であつたかを識別することは、不可能である。
(4) 更に、ダイアモンド中の介在物をX線マイクロアナライザーにより分析して、同一の場所から複数の金属元素が検出されたとしても、その結果から、それらが合金を形成しているか否かを直接判定することはできない。というのは、同一の場所といつても、それは、電子銃から放射された電子線の束の当たつた場所のことであるから、点分析の場合でも線分析の場合でもある面積を持つのであり、その径は一般に一ミクロン程度といわれている。一方、合金を形成している各元素の原子の結合距離は、数オングストロームであつて、一オングストロームは一ミクロンの一万分の一に相当する。したがつて、X線マイクロアナライザーによつて、同一の場所から複数金属元素が検出されたとしても、そのことから直ちに、それらが合金を形成しているとはいえないのである。
(四) 昭和四〇年以降の方法の圧力条件
被告らが別紙第二目録記載の方法により、昭和四〇年以降にダイアモンドを製造していたことは、以下に述べるとおり、明らかである。
(1) ニッケルを触媒とする場合のダイアモンドの最低合成圧力については、約六万八〇〇〇気圧、六万九五〇〇気圧又は七万一〇〇〇気圧(いずれも、ブリッジマン尺度による。以下この項において同じ。)であるとする報告があり、七万四〇〇〇気圧において大型のダイアモンド合成が可能であるとされている。コバルトを触媒とする場合は、ニッケルを触媒とする場合より、最低合成圧力が約一〇パーセント低く約六万二〇〇〇気圧であるとする報告もあり、また六万九六〇〇ないし六万九八〇〇気圧であるとする報告もある。コバルト触媒による好適な合成圧力の下限は約七万一五〇〇気圧であり、約七万四〇〇〇気圧の圧力で最も多量の人工ダイアモンドが生成するとも報告されている。したがつて、コバルトを触媒としても七万五〇〇〇気圧より低い圧力により工業的生産をすることは可能である。
更に、炭化水素により還元(浸炭)処理を施したコバルト単体を触媒として用いた場合には、還元処理をしない普通のコバルト触媒を用いる場合より最低合成圧力を低下させることができ、約六万五〇〇〇気圧でもダイアモンドが生成し、約六万九〇〇〇気圧において原料黒鉛の五〇パーセントがダイアモンドに転換し、約七万一〇〇〇気圧で約七〇パーセントに達する。
被告らの昭和四〇年以降の方法は、別紙第二目録記載のとおりであるが、触媒としたコバルトは、一酸化炭素により還元処理の施された還元(浸炭)コバルトであつた。したがつて、右目録記載の圧力条件で工業的にダイアモンドの生産をすることは可能であつた。
(2) ダイアモンドの晶形は、圧力条件の影響を受けるが、反応時間によつても著しい影響を受け、温度条件によつても影響され、種々の温度、圧力条件の組合せにより晶形は異なる。したがつて、晶形から特定の温度、圧力条件を導き出すことはできない。また、被告の別紙第二目録記載の方法は、約二五分という長い時間をかけて行われたものであるから、時間が晶形に及ぼす影響も大きい。
なお、原告の主張に係る別紙第一図面は、ニッケル触媒を用いた実験結果から得られた図であり、ニッケル以外の触媒を用いる場合には当然異なる結果が得られるであろうから、右の図によりコバルト触媒を用いる被告らの方法の圧力条件を論じることは許されない。
(3) 市販の人工ダイアモンドは、一般に粒度を揃えるため破砕篩別の操作が加えられる。不定形ダイアモンドは、このような操作の際にも生成する。
(4) ダイアモンドの最低合成圧力とはその圧力下において黒鉛がダイアモンドに変換するための圧力条件の下限であるから、その条件を維持すれば、ほとんどの黒鉛は、理論上も実際上も、ダイアモンドに変換する。
原告の主張に係る別紙第二図面は、より高圧条件を用いれば、変換速度が速くなることを示しているが、最低圧力に近い圧力条件においても、その条件下における変換速度に応ずる反応時間を採用しさえすれば、ダイアモンドへの変換は増大し、ダイアモンドの収量は増加する。
また、右図面は、ダイアモンド生成量を粒子数で示しているが、粒子数が多いことは必ずしも好ましいわけではなく、粒子の成長にとつては、むしろ、粒子数が過大であつてはならない。したがつて、ダイアモンドの収量は、決してダイアモンドの粒子数により決まるものではない。
4 合金発明及び単体発明と被告らの方法との対比
(一) 昭和三九年方法と合金発明との対比
別紙第一目録記載の方法における触媒は、粒状ニッケルと粉末炭化クロムである。これらは、金属と金属炭化物との混合物であるから、合金発明の「合金」ではない。したがつて、右方法は、合金発明の技術的範囲に属さない。
(二) 昭和四〇年以降の方法と合金発明及び単体発明との対比
別紙第二目録記載の方法における触媒は、粒状コバルトであるから、合金発明の「合金」に該当せず、右方法が合金発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。
別紙第二目録記載の方法における圧力条件は、現在最も絶対値に近い値を示すとされているNBS尺度で示すと、約五万気圧ないし五万一五〇〇気圧となる。したがつて、単体発明の「少くとも約七万五〇〇〇気圧の圧力」との要件を充足しないことは明らかであるし、右の圧力と一四〇〇度ないし一五〇〇度という温度条件の組合せは、合金明細書添付図面の均衡帯域に属するから、単体発明の「ダイアモンド形成域中」との要件をも充足しない。したがつて、右方法は、単体発明の技術的範囲にも属さない。
仮に単体発明の圧力条件がブリッジマン尺度を用いて記載されているとしても、別紙第二目録記載の方法は、七万五〇〇〇気圧よりはるかに低い六万九〇〇〇気圧ないし七万二〇〇〇気圧の圧力条件を用いるものであるから、やはり、「少くとも約七万五〇〇〇気圧の圧力」との要件を充足せず、単体発明の技術的範囲に属さない。
四 被告らの主張に対する原告の認否及び反論
1(一) 被告らの主張1はすべて争う。
(二) 合金から区別される「単なる機械的混合物」も、反応時における状態をいい、溶融状態において互いに溶け合つていない複数の金属のことを指している。
(三) 合金形成可能の二種以上の金属を混合して加熱することは、合金形成の最も通常の手段であるから、合金明細書中でそのことを説明する必要は全くなかつた。
(四) 原告が合金発明の出願審査の過程における異議申立てに対する第五答弁及び証拠補充書において述べたのは、過去の文献によつては、合金発明は容易に推考しえないということであつて、被告らの主張するような趣旨ではない。
(五) 単体発明と合金発明は、我国では同日出願であるが、前者が先ず完成され、次いで後者が完成され、米国ではその順序で特許出願がされたもので、後者が前者の選択的改良発明の関係に立つ。そして、これらの米国特許明細書の日本語訳が我国において出願されたものであるから、出願当初の両明細書の記載の一部に重複があつたことは、何ら異とするに足りない。むしろ、合金が反応時のものと解するからこそ重複となり、単体明細書の補正が必要となつたのである。
2 被告らの主張2はすべて争う。
3(一) 被告らの主張3はすべて争う。
(二) 別紙第一目録記載の方法は、触媒以外においては原告の主張する昭和三九年方法と実質的に差異はなく、触媒についても、右目録記載のものが反応時にはニッケル・クロム合金になるから、原告の主張する昭和三九年方法と異ならない。したがつて、昭和三九年方法については、当事者間に実質的には争いがない。
(三) 原告が合金発明の出願審査の過程において述べたことが、被告の主張するような趣旨ではないことは、前述したとおりである。
(四) コバルトを還元処理しても、コバルトの表面の酸化被膜(いわゆるサビ)が取り除かれるだけで、もともと純粋コバルトを使用する方法である単体発明との間に何の違いもないから、コバルトを触媒とした場合より還元コバルトを触媒とした場合のほうが最低合成圧力が低いという議論は、理論上も現実的にも誤りである。
4 被告らの主張4はすべて争う。
五 抗弁
1 原告の昭和四七年一月一四日付請求の趣旨変更の申立書記載の損害賠償請求権の時効は、民事訴訟法第二三五条により、申立書を裁判所に提出した日である昭和四七年一月一四日に初めて中断される。
したがつて、原告が右申立書によつて訴求している昭和四〇年一月以降昭和四四年一二月迄の損害のうち、昭和四四年一月一三日以前の損害については、既に時効が完成している。
2 また、原告は、訴状記載の損害賠償請求のうち、昭和三九年一月以降同年一二月迄の損害に基く賠償請求を維持しているが、この損害賠償請求権は、既に訴訟提起前に、時効期間の満了により消滅しているので、この請求についても時効を援用する。
六 抗弁に対する認否
1 抗弁1のうち、請求の趣旨変更の申立書の提出日は認め、その余は争う。
2 同2は争う。
七 再抗弁
本件の被告小松ダイヤの不法行為における三年の消滅時効は原告が本訴を提起した昭和四五年一月二一日に中断した。そして右請求の趣旨変更は、消滅時効の中断した同一の不法行為に関し、その不法行為の具体的態様特定の一部変更であり、同一の不法行為に基く損害賠償請求であることに何らの異同はないのである。
八 再抗弁に対する認否
争う。
第三 反訴当事者の主張
一 反訴請求の原因
1 原告は、被告小松ダイヤが昭和四〇年以降に実施しているダイアモンドの製造方法が別紙第二目録記載のとおりであり、これが原告の有する合金特許権を侵害するものではないことを知りながら、次の各行為に及んだ。
(一) 右目録記載の方法とは異なる方法を被告小松ダイヤが実施していると主張し、それが合金特許権の侵害であるとして、本訴(昭和四五年(ワ)第四二八号、昭四八年(ワ)第一五三八号)を提起した。
(二) 昭和四〇年七月ころ、近く合金特許権に基づき被告小松ダイヤに対し訴訟を提起し、同被告の実施しているダイアモンドの製造方法が合金特許権を侵害するものであるか否かにつき裁判上の確定を求める意図を有しながら、弁護士湯浅恭三を代理人として、同被告の名誉と信用を傷つける目的をもつて、次のような内容の書面を、同被告の取引先、需要者の多数に発した。
「昭和三九年九月一〇日、裁判所の証拠保全手続を行つた。その際、被告石塚博を尋問した結果、被告小松ダイヤのダイアモンド製造方法は合金特許権を侵害するものとの確信を得た。右確信に基づき各種仮処分や本訴を準備中である。したがつて、被告小松ダイヤの生産に係るダイアモンドを使用したり販売したりすることは、何人にも許されない。被告小松ダイヤの製造に係るダイアモンドの購入使用をする者は、同被告と共に原告の相手方となり、事件に巻き込まれるかも知れないので、注意されたい。」
(三) 右と同じころ、通商産業省に対し、被告小松ダイヤが特許権の侵害をして人工ダイアモンドを製造しているので、行政指導によりその製造を中止させるよう申し入れ、その結果、被告ダイヤは同省の調査を受けるに至つた。
2 右(二)の行為により、原告は、未だ係争の段階にあるにもかかわらず、証拠保全手続の形式上の結果を巧みに利用し、あたかも裁判上確定しているかのような言葉を列ねて、被告小松ダイヤが合金特許権を侵害しているとの誤つた疑惑と、訴訟上の攻撃を受けるかも知れないとのいわれなき畏怖とを第三者に与え、もつて、同被告の名誉と信用を著しく傷つけた。
3 また、原告は、前記一連の行為により、被告石塚博が単に工業用ダイアモンドの製造についてのみならず、金属チタン、半導体用高純度金属シリコン、原子炉用ジルコニウム等につき独自の研究開発を行つている著名な科学者であり、被告小松ダイヤの実施しているのは、被告石塚博の独自に研究開発した技術であることを知りながら、同被告があたかも技術の盗用者である如く宣伝して、当業者にその旨誤信させ、同被告の科学者としての名誉を著しく傷つけるとともに、同一の事実により、被告小松ダイヤに対しても業務上の信用を著しく毀損した。
4 前記原告の一連の行為により、被告小松ダイヤは、その製品である人工ダイアモンドの販売を妨害された。原告の右行為がなければ、同被告及び被告東名ダイヤの製品が原告の同種製品を日本市場から駆逐したはずであるから、原告の右製品の日本国内での売上げによつて得た利益は、少くとも被告小松ダイヤの受けた損害の一部に相当する。原告が、昭和四一年から昭和四六年までに得た利益は次のとおり合計一四億七一七八万円であるから、同被告は、これと同額の損害を受けた。
昭和四一年 四一三一万円
昭和四二年 九二二二万円
昭和四三年 二億一一二三万円
昭和四四年 三億七二一五万円
昭和四五年 四億三一一〇万円
昭和四六年 三億五一七六万円
5 仮に、右損害が認められないとしても、被告小松ダイヤは、原告の前記一連の行為がなければ、換言すれば、両者が対等の条件で競争に参加したとすれば、昭和四〇年以降においても少なくとも同年に保有していた国内市場占有率に従つて、年々増加する需要に対応する販売量を得たはずである(被告小松ダイヤの製品価格が原告のそれより低廉であることを除外しているので、右推定は十分合理性がある。)ところ、原告の右行為により、同被告の市場占有率は低下を余儀なくされ、そのため、次のとおり、昭和四一年から昭和四六年までの間に、合計七億二一〇〇万円の得べかりし利益を失つた。
昭和四一年 二八四一万円
昭和四二年 四六一七万円
昭和四三年 一億一七七六万円
昭和四四年 一億九六九六万円
昭和四五年 一億八七〇九万円
昭和四六年 一億四四六一万円
6 原告は、被告小松ダイヤを相手方とする当庁昭和四〇年(ワ)第一一〇一八号事件において、検証及び鑑定を申し出るに際し、被告小松ダイヤの正当な異議にもかかわらず、故意又は過失により、争点である事実に何ら関係なく、したがつて、審理に不要な事項、材料等まで測定、記録させて、被告石塚博、同小松ダイヤ及び同石塚研究所が共通の技術上の秘密として保有していた財産的価値の大きい技術知識を公開させて、その価値を喪失させ、被告小松ダイヤに対し、損害を与えた。
右損害の額は、右技術知識に係る装置の完成までに投入された研究開発資金一億五〇〇〇万円と、右技術知識が開示されなければ少なくとも三年間は他社が対抗することができないような技術上の優位性を保持できたはずであるから、昭和四六年の被告小松ダイヤの利益を基礎にした三年分の利益七億八〇〇〇万円との合計九億三〇〇〇万円に相当する。
7 よつて、被告石塚博及び被告小松ダイヤは、原告に対し、前記行為により毀損された名誉又は信用を回復するために、別紙広告目録記載の内容の謝罪広告を掲載することを求めるとともに、被告小松ダイヤは、原告に対し、4ないし6の損害金の内金一〇億円及びこれに対する侵害行為の後である昭和四八年九月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 反訴請求の原因に対する認否
1 請求の原因1のうち(一)の事実、(二)中、原告が主張の内容の書面を発した事実、(三)中、原告が通商産業省に対し申し入れをした事実は認め、その余の事実は否認する。
2 同2ないし6は、いずれも否認する。
三 原告の主張
1 原告が昭和四五年(ワ)第四二八号事件の訴状で被告小松ダイヤの実施している方法であると主張したのは被告ら自身が昭和三九年における同被告の実施した方法であると主張する別紙第一目録記載の方法であり、現に被告らの方法であると主張している方法は被告らの製品を科学的に分析した客観的基礎に立つて掲げたものであるから、別紙第二目録記載の方法と異なる方法を被告小松ダイヤが実施したと主張して本訴を提起したことは不法行為にはならない。
2 原告が請求の原因1の(二)の文書を送付した相手方は、被告小松ダイヤの製造に係るダイアモンドを業として販売若しくは使用し、又は販売若しくは使用せんとする業者であつたから、原告の警告行為は適法な権利行使である。
3 原告が通商産業省に申入れをしたのは、侵害行為を訴訟をせずにしかるべき仲介で事前にやめさせることができればと考えてしたものであり、不法行為になるはずがない。
4 当庁昭和四〇年(ワ)第一一〇一八号事件における検証は、裁判所の決定に基づき適法に行われたものであるから、不法行為を構成する余地はない。
第四 証拠<証拠>
理由
第一本訴請求について
一原告の有していた特許権及び仮保護の権利
原告が昭和三九年から昭和四八年までの間合金特許権及び単体特許権又はこれらに係る仮保護の権利を有していたこと並びに合金明細書及び単体明細書の特許請求の範囲の記載がそれぞれ原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二合金発明における合金の解釈
1 前記争いのない合金明細書の特許請求の範囲の記載すなわち、
「炭素質物質を、その中の少くとも一つが周期律表第Ⅷ族に属する金属、クロム、タンタル或はマンガンより選択された金属である少くとも二つの金属の合金を含む触媒と組合わせ、この炭素質物質と触媒とをダイアモンド安定帯域中で少くとも約50、000気圧以上の圧力及び少くとも約1200℃以上の温度に曝し、形成されるダイアモンドを回収することを特徴とするダイアモンドの合成法。」
によれば、合金発明においては、「合金」を含む触媒が用いられることが発明の構成に欠くことができない事項とされていることが認められる。この触媒としての「合金」の意味について、これを組成する金属の種類には争いがないものの、その余の点、なかんずく、それがダイアモンド合成反応時に存在すれば足りるのか、反応装置に仕込む時点で存在しなければならないのかという、存在時期について争いがある。合金発明の右特許請求の範囲の記載自体には、「合金」について組成金属の種類以外の点を直接説明した部分はないから、特許請求の範囲の記載に基づきつつ、合金明細書の他の記載等も参酌して、その意味を確定する必要がある。
2(一) まず、前記合金発明の特許請求の範囲から、右「合金」の意味を考察する。
合金発明においてダイアモンドを合成する手順としては、第一に、「合金」を含む触媒は炭素質物質と組み合わされることとされ、第二に、この炭素質物質と触媒とを所定の反応条件下に曝すこととされ、第三に、形成されるダイアモンドを回収することとされている。そして、合金発明は、物を生産する方法の発明の範疇に属するものであるから、目的物であるダイアモンドを生産する具体的手順を開示しているものと考えるべきである。したがつて、右のような特許請求の範囲の記載からすれば、前記の各工程は、その記載のとおりの経時的順序に従つて行われるものとされていると解される。このことは、前記特許請求の範囲において、「この炭素質物質と触媒とを」との記載が「組み合わされた炭素質物質と触媒とを」を意味していると認められることから、明らかである。
そして、<証拠>とは、いずれも原告が昭和三四年九月九日に出願したものであることが認められる(出願日については、当事者間に争いがない。)ところ、同一出願人の同日出願であるにもかかわらず、前記単体発明の特許請求の範囲の記載においては、「炭素質物質を、……触媒の存在下に」反応条件下に曝すこととされていて、前記合金発明の特許請求の範囲と明らかに異なつた表現が採られている。また、<証拠>によれば、合金発明に相当すると認められる発明について原告がアメリカ合衆国において特許権を得た特許明細書の特許請求の範囲第一項は、「……触媒である金属の合金の存在下で」(……in the presence of an alloy of a metal which is a catalyst……)とされていることが認められ、ここにおいても、前記合金発明の特許請求の範囲と明らかに異なつた表現が採られている。これらの表現が異なつたものとされた理由は不明であり、原告もこの点について合理的な説明をしていないが、合金明細書の特許請求の範囲においては、意識的に単体明細書及び前記アメリカ合衆国明細書と異なる表現が採られたものと認めるほかはない。すなわち、触媒が反応条件下において存在しさえすれば足りることを意味すると認められる「触媒の存在下に」という表現が、合金明細書の特許請求の範囲においては、あえて避けられたものと認めるのが相当である。このことから考えても、合金明細書の特許請求の範囲は、前記のような経時的順序を明らかにしたものと認めるのが相当である。
そして、一般に、経時的順序が異なる方法は、すなわち例えば、A物質とB物質とを常温常圧下で混合し、しかる後にこの混合物を加圧加熱する方法と、A物質とB物質とを各別に加圧加熱した後、これらを混合する方法とは、たとえ得られる目的物が異ならないとしても、方法としては別個であることが、明らかである。
以上によれば、合金発明における触媒は、特許請求の範囲の記載に従う限り、反応条件下に曝される工程の前の工程において炭素質物質と組み合わされなければならないものというべく、反応条件下に曝される工程において初めて炭素質物質との組合せが行われるものであつてはならないものと解される。そうすると、右触媒に含まれるべき「合金」も、反応条件下に曝される工程すなわち高温高圧装置内において加圧加熱される工程の前の工程である炭素質物質と触媒との組合せの工程において、既に「合金」として存在するものでなければならないものであると解するのが相当である。
(二) そこで次に、右のような特許請求の範囲における「合金」の解釈が、合金明細書の「発明の詳細なる説明」において明らかとされていることと合致するか否かについて検討する。
(1) 右「発明の詳細なる説明」には、次の各記載が存することが認められる。
① 「触媒は予め形成された少なくとも二つの金属の合金であり、その中の一つは周期律表第Ⅷ族金属、クロム、タンタル及びマンガンより選択される。」(別添特許(一))
② 「本発明にて触媒として使用される予め成形された合金は、その一つが周期律表第Ⅷ族に属する金属、クロム、タンタル及びマンガンより選択されたものである少くとも二つの金属の合金であることは前記した。これ等金属群は今後時として『触媒金属』と呼ぶことにする。本発明ではこれ等触媒金属は少くとも一つの他の金属との予め形成された合金の形として使用される。」
③ 「茲で『予め形成された合金』という言葉は、一つ以上の金属で形成されたものを示し、その中で各金属の原子は他の総ての金属の原子と親密に組合わされておりかつ各金属の原子は金属結合により他の金属の原子に保持されているものを意味する。この言葉は二つ又はそれ以上の純粋な金属の単ない(「る」の誤植と認められる。)機械的混合物と区別する為に使用することを意図している。併し、この合金は反応装置に仕込まれる以前に既に形成されていることを必ずしも必要とするものではなく、ダイアモンド変換反応が生ずるときに存在することを必要とするものである。」
④ 「一般に、予め形成された合金の成分の各々は該合金の総重量に対し2%又はそれ以上、好ましくは10%或はそれ以上存在する。」
(2) 前記①の記載は、合金明細書の発明の詳細なる説明中で、合金発明の目的を記述した冒頭の部分に続く合金発明の要約的記載部分に位置し、その内容からして、合金発明の触媒に関し、一般的な説明を加えたものと解される。そして、その内容は、特許請求の範囲の触媒に関する記載とほぼ一致し、ただ、特許請求の範囲においては単に「合金」とされているところが、右の①の記載においては「予め形成された……合金」とされている点が異なる。
また、前記②の記載は、合金発明の一般的説明に続いて、「本発明方法を例示する目的で、以下にグラファイトよりダイアモンドへの変換の詳細法を実施例として示す、」という記載よりも後に位置しているから、一見実施例に関する記述とも見えるが、右の記載は、原料炭素がグラファイトに限られないことを説明する部分において、実施例としてはグラファイトを用いた場合のみを示すことを断つたにすぎないもので、本件明細書は、右の部分の後も、「グラファイト」ではなく「炭素質物質」について記述している(例えば2右五)と認められること、及び前記②の記載の内容自体から、右②の記載は、前記①の記載同様、合金発明の触媒についての一般的説明であると認めるのが相当である。そして、この②の記載も、特許請求の範囲中の触媒に関する記載とほぼ一致しているが、「合金」は「予め形成された」ものであるとしている点で異なつている。
特許請求の範囲と発明の詳細なる説明との間に、何故このような文言上の相違があるのかについては、合金明細書中にこれを説明した部分は存しない。しかし、前記①及び②の各記載の内容からは、合金発明における触媒合金は「予め形成された合金」であり、特許請求の範囲における「合金」もこれと同じものを意味していると理解するのが最も合理的である。
右の解釈は、合金明細書の発明の詳細なる説明においては、触媒合金のことをほとんど例外なく「予め形成された合金」又はこれに準ずる表現で記述しており、予め形成されたものでない合金について触れた部分は全くないことからも裏付けられる。
そして、このように、発明の詳細なる説明中では、執ようなまでに「予め形成された」という修飾語が冠されているのは、発明者が、発明の詳細なる説明においては単に「合金」と記述したのでは足りないと考えて、合金の範囲を限定する意図の下に行つたものであることが明らかというべきである。
ところで、「予め形成された合金」とは、「予め」、すなわち、ある時を基準時としてそれ以前に形成された合金を意味していることが明らかであるから、予め形成されたものでない合金、すなわち、右の基準時以後に形成された合金は、これに含まれないものというべきである。
右の基準時は、「予め形成された合金」という文言自体からは、必ずしも明らかではないが、前記した特許請求の範囲の解釈に照らせば、触媒と炭素質物質とを組み合わせる時が基準時であつて、その時までに形成された合金が、「予め形成された合金」であり、特許請求の範囲における「合金」であると認めるのが相当である。
右のように解することにより、特許請求の範囲においては、経時的記載をすることによつて、「合金」が触媒と炭素質物質の組合せの工程において存在しなければならないことを表し、発明の詳細なる説明中では、同じことを「予め形成された合金」という表現で示したものであると理解することができ、発明の詳細なる説明においては「予め形成された」という修飾語を伴つているのに、特許請求の範囲では単に「合金」とされているという相違点を、合理的に説明することができる。
(3) 次に、前記③の記載は、前記②の記載に続くものであつて、②の記載を受けて、「予め形成された合金」の意味を明らかにしようとするものであると解される。
そのうち、第一文は、「予め形成された合金」という言葉を定義する体裁をとつているが、「予め形成された」の部分について、その基準時を直接説明する部分は見当たらない。むしろ、その内容からは、「合金」の部分についての説明に重点がおかれているように見受けられる。
次に、前記③の第二文を見ると、「予め形成された合金」という言葉が用いられていた意図が記されており、その意図とは、「二つ又はそれ以上の純粋な金属の単なる機械的混合物と区別する」ということであると認められる。したがつて、「予め形成された合金」には、右のような機械的混合物が含まれると解されるのは避けねばならないが、そうでない限り、発明者の意図としては、広く一般に合金と理解されているものを含ませて解されることは否定しないもののように考えられる。そして、ここにおいても、「予め形成された」の意味を確定するのに必要な基準時を説明した部分は見当たらず、「合金」という部分についての説明に重点がおかれているように見える。
これらに対し、前記③の第三文は、「予め形成された合金」の存在時期について説明したもので、これに従えば、「予め形成された合金」の存在が必要とされるのは、反応装置への仕込み時ではなく、ダイアモンド変換反応時であることになる。
ところが、<証拠>によれば、右③の第三文は、出願時の合金明細書には存在せず、昭和三五年一月六日付けの訂正により付加挿入されたものであることが認められ、被告は、右の記載は合金明細書の他のすべての記載と矛盾するから、無視すべきである旨主張する。そこで、次に、この点について検討を加える。
(4) 前記③の第三文は、反応時に合金が存在すればよいとしているから、本件発明の触媒に該当しない「合金」は、反応時には存在せず反応後にはじめて形成される合金のみであることになる。しかし、反応後に形成される合金が当該反応の触媒たりえないことは、あまりにも自明のことであるから、触媒合金に反応後に形成される合金を含まないことを当業者に対して説明することは、それ自体全く無意味である。したがつて、右第三文は、右のような自明なことを明らかにするために付加されたのではなく、反応装置への仕込後で反応時までに形成される合金を触媒合金に含ませようとする意図の下に付加されたものと推測される。ところが、右第三文のとおりであるとすると、「予め形成された合金」が右の自明なことを説明するためのものであることになるから、結局右第三文は、合金明細書中にくり返し記載されている「予め形成された」との文言を無意味ならしめるものであつて、右記載とは(右第三文自体が「予め形成された合金」の説明文であるから、それ自体においても)相反する意図の下に記載されたものというほかはない。また、特許請求の範囲について前記解釈をとる限り、右第三文は、特許請求の範囲とも矛盾することになる。
更に、合金明細書の発明の詳細なる説明には、次の各記載があることが認められる。
⑤ 「予め形成された合金が溶融する」
⑥ 「該合金が液状になる」
⑦ 「合金はグラファイトの存在下に1350℃より僅かに低い温度で溶融するものの如くである。」
⑧ 「予め形成された合金触媒の融点」
⑨ 「予め形成した合金の筒状スラグ」
⑩ 「予め形成されたニッケル―銅合金の筒状スラグ」
⑪ 「本発明者がなした他の特許出願発明は、炭素相図のダイアモンド安定帯域中のある部分に於てかつある種の選択された触媒の存在下に於て炭素質物質のダイアモンドへの変換が容易かつ再現的に達成し得るという発見に基礎をおいている。併しながら、これ等発明は少なくとも約75、000気圧の圧力以上のみに於てダイアモンド安定帯域中で作用し得る触媒の使用に限られている。これに反し、本発明の触媒を使用するときは、約50、000気圧というような低い圧力に於ても容易かつ再現的に炭素質物質のダイアモンドへの変換を達成し得るのである。」
⑫ 「本発明による変換法は、予め形成された合金触媒と原料炭素質物質の双方のすべてを1個又は2個の塊体として反応容器中に存在せしめるときは一層有効であることが見出された。これは、合金触媒の粉末と炭素質物質の単なる混合物を反応容器中に仕込むのとは区別される。」
右の⑤ないし⑧は、いずれも、溶融前に、「予め形成された合金」が存在し、それが溶融するということを前提にした記載であると理解することができる。また、⑨及び⑩は、「予め形成した合金」が筒状スラグの形態をしていたというのであるから、固体合金であつたことが明らかである。
次に、前記⑪の「本発明者がなした他の特許出願発明」が具体的に何を指すかは、説明がないが、「これ等発明」とされているから、複数の発明を指すことは明らかであり、<証拠>によれば、合金発明の発明者はハーバード・エム・ストロングであることが認められ、<証拠>によれば、単体発明の発明者は同人外二名であることが認められる。これらの事実と前記争いのない単体明細書の特許請求の範囲の記載及び後記認定の単体発明の内容とによれば、右の「本発明者がなした他の特許出願発明」の一つが単体発明を意味するものと認められる。ところで、<証拠>によれば、単体明細書は、合金特許権の登録後の昭和五二年五月に至つて、同月二五日付の訂正指令に基づき提出された同月三〇日付の訂正書差出書添付の訂正書により、従前の実施例一及び九ないし一二が削除され、特許請求の範囲の「少くとも」が「いずれか」に改められる等の訂正が行われたことが認められる。したがつて、前記⑪で意味しているのは、右認定の訂正がされる前の明細書に示された単体発明であることは、明らかである。そして、前記⑪の記載によれば、単体発明の触媒では約七万五〇〇〇気圧以上の圧力でなければダイアモンドへの変換はなしえないところ、合金発明の触媒によれば約五万気圧にまで最低合成圧力を低下させることができるというのであるから、合金発明の触媒は単体発明の触媒とは全く別個のものであると説明されているものと解され、少なくとも発明者はそのように認識していたと認めるのが相当である。
右の事実と、前記⑫の記載において、「合金触媒の粉末」には触れながら、単体明細書の前記訂正前の特許請求の範囲の記載に包含され、かつ、実施例一〇等で示されていた複数の単体触媒金属の粉末の混合物については、前記⑪の記載のとおり訂正前の単体発明を充分意識しつつ記述された明細書であるにもかかわらず、全く触れていないことからすれば、合金発明の発明者は、合金を形成しうる複数の単体金属の粉末の混合物を仕込むことにより、仕込み後の加圧、加熱によりこれを合金化する方法を出願時において合金発明の内容として意識していなかつたことが明らかであるといわなければならない。
以上の⑤ないし⑫の記載についての認定を総合すれば、合金発明の出願時における「予め形成された合金」としては、反応装置に仕込む時点で既に固体合金を形成しているもののみが意識されていたものと認めるほかはない。これに従えば、「予め形成した」の基準時は、やはり、反応装置への仕込み時ということになる。
右の基準時についての解釈は、前記の特許請求の範囲の経時的順序に関する認定と合致する。すなわち、特許請求の範囲によれば、炭素質物質と触媒との組合せは、これらを反応条件下に曝す工程に先立つてされねばならない第一の工程であつて、「合金」は、この第一工程において既に形成されていなければならないものであり、炭素質物質と触媒との組合せとは、前記した発明の詳細なる説明の各記載に照らせば、これらを接触させて反応装置へ仕込むことを意味するものと解すべきであるから、結局、特許請求の範囲においても、反応装置への仕込前に形成された合金が触媒に含まれなければならないものとされていると認められる。
(5) 以上のとおりであるから、合金が反応装置への仕込み時に既に形成されたものである必要はなく反応時に存在すれば足りるとしている前記③の第三文は、以上認定に係る出願当初の合金明細書の他の記載とは矛盾するものであると認められる。そして、右③の第三文が付加されたことにより、合金発明における「合金」の意味が右記載のとおり反応時に存在すれば足りるものと解すべきこととなるかというと、特許請求の範囲の記載が前記認定のとおりの経時的順序に従つたものと解するべきであり、かつ、右③の第三文以外の明細書の記載と矛盾する以上、右第三文のとおり訂正がされたものとして、全体を統一的に理解することは、不可能といわざるをえない(なお、この点については、後記(6)において、その可能性を再検討する。)。
右のように、明細書のごく一部に特許請求の範囲を含むその余の大部分の記載と矛盾する記載があつて、全体を統一的に理解することが不可能である場合には、これが有効なものとして特許されている以上、右のごく一部の記載は、特許請求の範囲に記載された発明の構成と直接関係を有しない余事的記載とみて、全体を解釈するほかはないものというべきである。したがつて、前記③の第三文は、前記のとおり訂正によつて付加されたが、合金明細書において開示されている合金発明の内容はこれによつて変容を受けず、右第三文は無意味なものとして、合金発明の内容を解釈すべきものである。
(6) なお、原告及び被告らの主張する「合金」の解釈のほかに、特許請求の記載における第一工程である原料と触媒合金との組合せが、反応装置にこれらが仕込まれる時にされずとも、第二工程である反応条件下に曝される時までにされればよいという解釈も考えられなくはない。すなわち、反応装置への仕込後でも、所定の温度、圧力条件に達する直前までに右の組合せが生起すれば、それで、特許請求の範囲における前記経時性の要件は充足され、「予め形成された合金」ということができるという解釈である。
しかしながら、右の解釈は、あまりにも技巧的な文言解釈であり、当業者の代表ともいうべき原告も被告らも右のような解釈を主張していないことからも、採用し難いものである。また、右のような解釈をするには、反応装置への仕込時においては合金でないもの(すなわち、単体金属の混合物)が、反応条件下に曝されるまでに合金化すること、反応条件下に曝されてから合金化するものとの区別ができること等について、当業者が理解しうる程度に、合金明細書中に開示されていることが必要であると解されるところ、高温高圧装置内における単体金属の混合物の合金化については、特に、それが反応条件下に曝される前に完成されるか否かについては、全く記載がない。むしろ、後記認定のとおり、合金明細書においては、反応装置への仕込後、高温高圧下にある反応装置内でどのような反応が生起するのかという機構は、十分明らかにされたとはいえず、発明者らの仮説の類が記載されているにすぎない。しかも、発明者らが合金発明において単体金属の混合物を仕込むことを想定していなかつたことは、前判示のとおりであつて、右解釈は、この点からも採用し難い。そして、何よりも、右のような解釈をとつても、なお、反応条件下に曝される前に合金が形成されていなければならないとする点において、合金が予め形成される必要性自体を否定する前記③の第三文とは、やはり相容れないものというほかはなく、全体を矛盾なく統一的に説明することは不可能である。よつて、右の解釈は採用することができない。
(7) 結局、以上の事実によれば、合金発明と単体発明の特許出願人である原告は、これらを特許出願した当時は、複数の単体金属粉末の混合物を炭素質物質とともに反応装置に仕込み高温高圧下に曝す方法は、単体発明の実施としてのみ位置付けていたにもかかわらず、出願後、右混合物が高温高圧下で合金化する可能性があることに気付き、合金明細書に前記③の第三文を付加して、合金発明の技術的範囲を反応時に合金が存在すれば足りるものにしようとしたが、特許請求の範囲を含め、合金明細書中の右③の第三文と矛盾する記載を訂正しなかつたために、これを果たしえず、逆に、前記のとおり、単体明細書の訂正により単体発明から複数の単体金属粉末の混合物を仕込む方法を削除した結果、右の混合物を仕込む方法は、単体発明にも含まれないこととなつてしまつたものというべきである。
(8) なお、前記⑥の記載によれば、「予め形成された合金」は、これを組成する金属のうち二番目に多いものが、重量比において、合金全体の二パーセント以上存在するものでなければならず、それが二パーセントを下回るものは、二つ以上の金属の合金とは考えないものと認められる。なお、三番目に多い金属が二パーセントを下回る量しか存在していなくても、少なくとも二つ以上の金属の合金という定義は充足するので、右⑥の記載には抵触しないと解すべきである。
(三) 原告は、「合金」は触媒であるから、反応時に存在すれば足りることは技術常識である旨主張する。しかし、触媒が働くのは反応時であるとしても、その触媒をいついかなる時に原料と接触させるかということが技術思想の内容となりえないとはいえないから、右の点は、前記解釈を覆すに足りるものではない。むしろ、触媒が反応時に存在しなければならないものであるとの技術常識からすれば、触媒としての合金は、遅くとも反応時までに形成されていなければならないことは断るまでもないことであつて、そのことを当業者に認識させるためにわざわざ「予め形成された」という修飾語をしつようなまでにくり返し「合金」に付したものと解することこそ、常識にかなわない解釈といわねばならない。
もつとも、合金明細書の発明の詳細なる説明には、次の各記載があることが認められる。
⑬ 「この目的は、ダイアモンド形成反応を触媒的に促進するためにダイアモンド安定帯域中の温度及び圧力のある下限以上にて作用し得る触媒の存在下に炭素質物質を高温高圧処理することにより達成される。」
⑭ 「炭素質物質を本発明に於ける特定の触媒の存在下に適当な圧力及び温度に曝す時にのみダイアモンドへの変換が生起するのである。」
右の⑬及び⑭は、特許請求の範囲の記載とは異なり、合金発明の触媒は、その存在下に所定の温度、圧力条件に曝すことにより炭素質物質をダイアモンドに変換させるものであることを開示するもののように見える。しかし、前記のとおり、合金明細書の発明の詳細なる説明においては、触媒は、一貫して「予め形成された合金」とされており、右⑬及び⑭の記載における触媒も、もちろん例外ではない。このことは、右⑬の記載の直後に前記①の記載があり、また、右⑭の記載の後にも前記②の記載があることからも、明らかである。そうすると、右⑬及び⑭の記載中で「触媒の存在下」という文言が使用されていても、そこでいう「触媒」が「予め形成された合金」のことである以上、前判示の解釈と何ら調和しないものではなく、原告の主張するような解釈の根拠とはなりえないというべきである。
(四) また、原告は、ダイアモンド形成反応は、触媒合金が溶融して液状になつているときに生起するものであり、合金明細書中でもその旨が開示されているから、装置への仕込時にどのような状態であつても、反応時においてはすべて液体合金となるのであつて、触媒作用において差異がないことを根拠に、反応時に合金が存在すれば足りる旨主張する。
確かに、合金明細書の発明の詳細なる説明中には、次の記載があることが認められる。
⑮ 「本発明の正確な機構は充分には理解されてはいないが、前記の如き予め形成した合金触媒を使用する時の要件は、該合金が液状になるような反応温度及び圧力を選択しなくてはならないということと信じられる。即ち、前記せる触媒合金のすべては、該触媒が液状となつている間に炭素質物質のダイアモンドへの変換を行わしめ得る。」
しかし、右の記載は、固体状態の合金が溶融して液状となることを前提とした記載であると認められるから、そもそも液状になつている時に合金でありさえすれば足りることを記述したものではないうえ、右記載自体から明らかなとおり、発明者の仮説にすぎない。
すなわち、合金発明は、炭素質物質のダイアモンドへの変換反応が生ずる正確なメカニズムや科学的理由付けを明らかにするものではなく、これらは不明であるが、経験的に右変換反応を再現的に生起しうる方法を見出したとしてこれを開示しているものであると認められる。このようなものであつても、もちろん、特許発明たりうるが、その技術的範囲は、発明者が経験的に確知した範囲内に厳格に限定されるべきであつて、後に、反応それ自体としては科学的には同一メカニズムであり、また同一の理由により生起するものであることが判明しても、発明者が認識していなかつた方法にまで拡張して解釈されるべきではない。このことは、明細書において、発明者が、自己の見解を仮説の形で開示している場合においても、異ならない。なんとなれば、右仮説はあくまで仮説であるから、後にこれが事実に反することが明らかになつたとしても、発明の内容である方法自体が発明の実質を備えている以上、それが特許発明として存立することの意味がいささかも損われることがない反面、後に右仮説が正しかつたことが証明されるに至つたとしても、特許請求の範囲の記載に基づいて定められる当該特許発明の技術的範囲がそのことにより影響されることはありえないからである。よつて、右⑮の記載を根拠に、合金発明の技術的範囲を原告主張のように広く解することはできない。
(五) 以上に認定したところを総合すると、合金発明において触媒として用いられる合金は、反応装置に仕込む時点において既に形成されたものであることを要するものと認められ、右認定を左右するに足りる資料はない。
三単体発明の構成要件の解釈
1 <証拠>によれば、単体発明の明細書は、昭和三七年七月一六日の出願公告時においては別添特許公報(二)に示される記載内容を有していたところ、昭和五二年五月二五日付の訂正指令に基づき提出された同月三〇日付の訂正書差出書添付の訂正書により訂正が行われたことが認められる(以下、単に「単体明細書」という場合は、右訂正後のものを指す。)
2 前記争いのない単体明細書の特許請求の範囲の記載と右認定の単体明細書の記載によれば、単体発明は、ダイアモンド合成法に関するもので、次の構成要件から成るものであることが認められる。
(一) 原料は、炭素質物質であること
(二) 触媒は、鉄、コバルト、ニッケル、ロジウム、ルセニウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、クロム、タンタル及びマンガンより成る一群の金属より選択されたいずれか一つであること
(三) 前記炭素質物質を、前記触媒の存在下に、かつ、ダイアモンド形成域中で少くとも約七万五〇〇〇気圧の圧力、約一二〇〇ないし二〇〇〇℃の温度に曝すこと
(四) 生成されるダイアモンドを回収すること
3 右構成要件(三)における「約七万五〇〇〇気圧」の「約」の幅について当事者間に争いがあるので、この点について検討する。
(一) 右構成要件においては、圧力条件について「少なくとも約七万五〇〇〇気圧の圧力」とされているが、「少なくとも」とは、条件の下限を示すものであつて、これを下回る数値は当該発明の対象としないことを明らかにする表現であると解される。したがつて、右構成要件において、仮に、「少なくとも七万五〇〇〇気圧の圧力」とされていたとするなら、七万五〇〇〇気圧未満の圧力でダイアモンドを生成することは、単体発明の対象ではないことになる。右構成要件では、これに「約」が付され、「少なくとも約七万五〇〇〇気圧の圧力」とされているので、七万五〇〇〇気圧未満ではあつても、約七万五〇〇〇気圧といいうる数値までは対象とすることを表現したものと認められるが、下限を示すべき数値が曖昧であつてはならないから、「約」の幅も「少なくとも」の趣旨を没却しないよう、厳格に解すべきである。したがつて、単体明細書中で特段の説明のない限り、「約七万五〇〇〇気圧」とは、四捨五入をすることによつて七万五〇〇〇気圧になる数値を含むが、それ以下のものは含まないと解される。そして、どの桁以下の数を四捨五入するかは、単体明細書全体の記載から判断すべきである。
そこで、単体明細書の発明の詳細なる説明の記載を検討する。まず、右の「約」の幅について、これを直接説明した記載はなく、また、右の四捨五入すべき桁について、これを直接説明した記載も見出すことができない。
ところで、一般に、数値、特に測定値を記述する際には、有効数字を何桁として表示しているかが問題とされる。単体明細書においては、これを何桁とするかについて、何らの記載も認められないから、圧力についての表示は、一気圧の単位まで有効数字であると読まれても仕方がないことになる。しかし、単体明細書中で示された圧力の測定値は、一〇〇〇気圧未満の単位はすべて〇をもつて表示されていると認められる(圧力測定に利用されるある種の金属の電気抵抗値の相変化に関する記載においては、一〇〇気圧の単位も〇以外の数値で表示されていると認められるが、これは測定値ではなく、測定の基準とするべき値であるから、有効数字の判断からは除外する。)から、一〇〇〇気圧の単位までが有効数字であると解するのが合理的であると認められる。したがつて、特にことわりのない以上、単体明細書の特許請求の範囲においても、発明の詳細なる説明中の記載と同様に、一〇〇〇気圧の単位までが有効数字として示されているものと認むべきである。そうすると、「約七万五〇〇〇気圧」とは、一〇〇気圧の単位を四捨五入して七万五〇〇〇気圧となる数値、すなわち七万四五〇〇気圧以上七万五五〇〇気圧未満を意味し、「少なくとも約七万五〇〇〇気圧」とは、七万四五〇〇気圧以上を意味するものと認めるのが相当である。
(二) 原告は、単体発明における圧力条件の「約」の幅は、上下に各一〇パーセントであると主張し、その根拠を何点か挙げるが、以下に述べるとおり、採用しえない。
(1) まず、単体発明の特許出願当時の超高圧、高温の技術分野においては、「約」が上下各一〇パーセントを示すことは明らかであつた旨主張する。<証拠>中には、これに沿う供述部分が存する。また<証拠>によれば、単体発明の発明者であるハーバード・エム・ストロングらが昭和三六年にダイアモンド合成反応温度条件下での容器圧力はおそらく室温における圧力よりも一〇パーセントの範囲内で異なる旨の研究結果を論文として専門誌において発表したことが認められる。
しかしながら、右論文は、単体発明の特許出願の翌々年に至つて、単体発明の発明者らがその研究結果として一〇パーセント異なることを見出した旨の発表をしたものであるから、単体発明の特許出願時にそのことが当業者の常識であつて説明の必要もなかつたことの根拠にはなりえない。また、証人ボーベンカークの証言も、発明者らが「約」の幅を五ないし一〇パーセントと考えていた(この点については、後記(4)のとおり、疑問がある。)ということだけであるから、やはり、当業者の常識であつたことを証するには足りない。
そして、仮に、原告主張のとおり、これらの証拠によつて単体発明の出願時において当業者は超高圧の圧力値には一〇パーセント程度の幅があるものと認識していたことが認められるとしても、特許請求の範囲で「少なくとも」として下限の値を示す以上、右のような不確実性をも考慮に入れた上で、最下限となる数値を示したものと理解すべきであつて、最下限を示す数値そのものを幅の広いものとして理解すべきではないから、原告の右主張はいずれにしても採用しえない。
(2) また、原告は、単体発明との境界を確定しなければならないような従前技術は全く存在しなかつたから、単体発明の特許請求の範囲で示された圧力の表示は、本来厳密な数値限定をする趣旨ではないと主張する。しかし、そのような趣旨を説明した記載は、単体明細書中には見当たらないし、一般論として、比すべき従前技術がなければ、数値を特許請求の範囲で示しても、その数値に限定されないという解釈をすべきとの原則を認めることはできないから、この点も理由がない。むしろ、特許請求の範囲では「少くとも」約七万五〇〇〇気圧とされているように、約七万五〇〇〇気圧が圧力条件の下限を示す数値であることが強調されている。この点は、単体明細書の発明の詳細なる説明中の「本発明者等は、はからずも石炭、コークス、木炭又はグラファイトのようなありふれた形の炭素を、特殊な触媒の存在下に特定の範囲の温度及び圧力にて処理することにより容易かつ迅速にダイアモンドに変換し得ることを見出した。より詳細に述べると、非ダイアモンド炭素を、約1200〜2000℃、好ましくは約1400〜1800℃の温度のもとに少くとも約75、000気圧以上、好ましくは約80、000〜110、000気圧、特に約95、000気圧以上の圧力に曝すとダイアモンドに変換できる。」との記載に示されるように、約七万五〇〇〇気圧以上という圧力条件の下限は、好ましい圧力条件の下限である約八万気圧より五〇〇〇気圧低目に設定されていることからしても、明らかである。また、単体明細書の発明の詳細なる説明自体、単体発明が完成されるまでは、「等方質炭素又はグラファイトに熱及び圧力をかけようとする」ことや「各種の金属及び塩を使用して触媒的変態により他の形の炭素をダイアモンドに変換しようとする」ことが試みられていたと記載しているから、単体発明は、これら従来の試みと全く次元を異にする発明ではなく、これらの従来の考え方に立ちつつ、具体的に有効な温度、圧力条件と触媒とを提供した点が技術思想の重要な部分であると認めるのが相当であつて、圧力条件の下限を示す数値を極めて緩やかに解することは、この点からも相当ではない。
(3) 原告は、圧力について上下各一〇パーセントの幅をもつてしか示せない理由の一つとして、常温下で検定を行つた数値は高温下ではプラス・マイナス一〇パーセントの幅で不確実なものとなるというが、<証拠>によれば、昭和五二年においても一般に圧力検定は常温で行い、これを特段の修正をしないで高温下での実験値として示していたことが認められるから、単体発明の特許出願時から本件で被告が侵害行為を行つたとされる期間を含み昭和五二年当時まで、高温高圧下の圧力値は常温でのみ測定してこれを高温下での数値として示すのが常法であつたと推認しうる。単体発明で示された数値もこのような数値としてであつて、高温下における真正値がどのくらいであるのかをもともと示そうとした数字ではないと解することができる。
したがつて、この点も理由がない。
(4) 原告の主張どおり、圧力値は上下に各一〇パーセントの幅を有するということになると、七万五〇〇〇気圧というのは、実は六万七五〇〇気圧から八万二五〇〇気圧の間ということになり、実に一万五〇〇〇気圧もの幅を有することになる。そのことは、事実としてそうであるというのは、当然ありうることであるが、排他的独占権を伴う特許発明の技術的範囲の限界を画する数値としては、何のことわり書もなくそのような広い幅を認めることは、適当といえないことが明らかである。
また、単体明細書には、前記のとおり、「少くとも約75、000気圧以上、好ましくは約80、000〜110、000気圧、特に約95、000気圧以上の圧力に曝すとダイアモンドに変換できる。」(別添特許公報(二)1左二九〜三一)との記載があることが認められるところ、そこに掲げられた各数値がそれぞれ上下一〇パーセントの幅を有するものであるとすると、右数値には重複する範囲が存在することになる。更に、単体明細書の実施例10(前記訂正前の実施例15、別添特許公報(二)4左40〜右5)についての説明中には、「概略圧力(気圧)」との断わりの下に「81、000〜83、000」という記載があることが認められるが、右数値にもともと上下一〇パーセントもの幅が見込まれているのなら、右のように二ないし三パーセントしか差のない数値幅を、しかも「概略」と断わつて掲げることに、技術的意味を見出すことはほとんどできないことになる。これらのことからすると、前記証人ボーベンカークの証言中、単体発明の発明者は、単体明細書における圧力値に上下一〇パーセントの幅があるものとの認識の下にこれを記載したものとの趣旨を述べる部分は採用できない。
また、原告の述べる理由によれば、高温高圧下の圧力値には、常に上下一〇パーセントの幅を見込まねばならないことになるから、単体発明における数値のみならず、各種文献記載の実験値もすべて、同様に不確実なものと見ざるをえないことになる。すなわち、例えば、七万気圧でダイアモンド合成に成功した旨の報告がある場合、それは、実は七万七〇〇〇気圧の圧力下ではじめて合成しえたのかもしれないし、また、六万三〇〇〇気圧の圧力で合成しえたのかもしれないということになる。これが事実とすれば、真実はどのくらいの圧力によりダイアモンド合成がされたのかを確定することは、ほとんど不可能というほかはない。被告らの実施した方法を証拠により認定する場合も、仮に権利の下限の数値が六万七五〇〇気圧であるとして、それより高いか否かを各種の実験値を用いながら確定しようとしても、ほとんど不可能というほかはなく、後述するところよりも更に、立証がないことに帰するであろうことが明らかである。
四被告らの方法
1 昭和三九年方法
(一) 原告は、被告小松ダイヤ及び被告石塚研究所の昭和三九年に行つていたダイアモンドの製造法は請求の原因4の(一)記載のとおりである旨主張し、被告らは、右の主張のうち原料が黒鉛であり温度条件が約一三〇〇ないし一四〇〇度であつたことは認めるがその余は否認し、被告小松ダイヤの昭和三九年に行つていた方法は別紙第一目録記載のとおりである旨主張する。しかし、双方の主張を対比すれば、圧力条件も、原告が被告らの主張する圧力値に「以上」を付しているだけで、被告ら主張の範囲では争いがなく、その余の相違は、触媒の存在すべき時期と「ダイヤモンド安定帯域」についての合金発明の解釈の相違に基づくものである。
原告の主張は、触媒は反応時に存在すれば足りるとの解釈に基づき、被告らの使用した触媒を反応時において特定しているが、前記認定のとおり、合金発明における触媒は反応装置への仕込時までに合金が形成されているものでなければならないから、合金特許権の侵害を主張する以上、仕込時における被告らの触媒を特定しなければ、合金発明の技術的範囲に属するか否かの判断はなしえない。したがつて、請求の原因4の(一)の方法というだけでは、主張自体において理由がないことに帰する。
(二) また、原告は、被告ら主張の別紙第一目録記載の方法を、反応装置への仕込時において特定したものである趣旨において争つてはいるが、触媒になるべきものが仕込時においては別紙第一目録記載のものであることを争う趣旨ではないと認められる(原告は、本訴昭和四五年(ワ)第四二八号事件の訴状においては、別紙第一目録記載の方法を被告小松ダイヤの昭和三九年の方法であると主張していたが、これをその後合金発明の前記解釈に従って訂正したことが、本件記録上明らかである。)から、仕込時における被告小松ダイヤの方法については、別紙第一目録記載の範囲内においては争いがないものと考えてよい。そうだとすると、同目録記載の方法において触媒に相当するものは、粒状ニッケル及び粉末炭化クロムであるところ、これらがいずれも「少なくとも二つの金属の合金」でないことは明らかであるから、同目録記載の方法は、前記合金発明の構成要件の一つである触媒すなわち「その中の少くとも一つが周期律第Ⅷ族に属する金属、クロム、タンタル或はマンガンより選択された金属である少くとも二つの金属の合金を含む触媒」の要件を充足しないことが明らかである。
(三) 更に、念のために、反応時には合金が形成されていたということを主張、立証すれば、それが当然に反応装置への仕込時に合金が形成されていたことを意味するかという点についても検討する。<証拠>によれば、一個の人工ダイアモンド粒子中に存する複数の介在物(不純物)を分析したところ、その一部分からは単体金属のみが検出され、他の部分からは複数金属が検出される場合があつたことが認められ、また、<証拠>によれば、人工ダイアモンド中に存する介在物は、結晶成長途上に溶媒(触媒)金属の溶液が断続的にとり込まれ、冷却時に固化したものであることが認められる。これらの事実によれば、右の人工ダイアモンド粒子は、結晶成長のある時期までは溶融した単体金属と、ある時期以降は溶融した合金と接触していた(その逆もありえないではないが、想定しにくい。)ことが推認されるから、当該粒子は、反応装置に仕込まれた時点で既に形成されていた合金を触媒として生成されたものではないにもかかわらず、生成反応進行中のある時期に合金が存在したために、合金を包有しているものであると認められる。したがつて、逆に、反応時に合金が形成されており、ダイアモンド粒子中から合金が検出されても、それだけでは、反応装置に仕込む時点で既に合金が形成されていたものとは断定しえない。そして、ダイアモンド粒子中の不純物金属の定量分析の方法として用いられるX線マイクロアナリシス、原子吸光分析及び発光分光分析の性格も、右の断定を困難にする。すなわち、前記各証拠及び鑑定人木村幾生の鑑定の結果(以下「木村鑑定」という。)によれば、X線マイクロアナリシスは、試料の表面の分析をするものであるから、ダイアモンド粒子を研摩して露出した切断面に存する不純物の定量分析はなしえても、当該粒子中に別の組成の不純物が介在しているか否かを確定することはできない。したがつて、X線マイクロアナリシスによりダイアモンド粒子中に合金である不純物が見出されても、当該粒子中に単体金属である不純物も含まれている可能性を否定することができないものである。また、原子吸光分析及び発光分光分析は、相当量の試料を必要とするため、人工ダイアモンドのように微細な粒子の分析に当たつては、一粒単位ではなく多数の粒子を一度に分析することになり、試料全体の傾向を知ることはできても、個々の不純物の組成を知ることはできない。したがつて、これらの分析方法によりダイアモンド粒子から複数の金属が検出されても、それらの金属が一つ一つの粒子中ではどのように分布しているのか、合金を形成しているのか否か等を確定することはできないものである。
なお、被告らは、ダイアモンドの介在物から複数金属が検出されても、それが合金を形成しているか否かを即断することはできない旨主張する。確かにX線マイクロアナライザーによる点分析によつても、直径一ミクロン程度の面積中の元素の検出しか行いえないとすると、複数金属元素が検出されてもそれらが合金を形成しているか否かをそれだけで断定することは、一般論としてはできないことは、被告ら主張のとおりであろうと思われるが、本件においては、これら複数元素が高温下で溶融した状態に数分ないし二十数分置かれていたものであることをも考慮しなければならず、証人橋本雍彦の証言により、これらが合金を形成しうる金属元素であれば、合金が形成されたものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。成立に争いのない甲第四六号証の一・二も右認定を補強する。
以上によれば、反応時に合金が形成されていたことを主張、立証しても、反応装置への仕込時に合金が形成されていたことを推認することができないことは明らかである。
(四) 以上のとおりであるから、いずれにしても、被告小松ダイヤ及び被告石塚研究所の昭和三九年の方法が合金発明における「合金」を触媒として用いるものとは認められない。したがつて、その余の点について対比するまでもなく、右方法は、合金発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
2 昭和四〇年以降の方法
(一) 原告は、被告小松ダイヤ、被告石塚研究所が昭和四〇年から、被告東名ダイヤが昭和四七年から、いずれも昭和四八年まで実施していたダイアモンドの製造法は、その三分の二が昭和四〇年以降第一方法であり、その三分の一が昭和四〇年以降第二方法であると主張し、被告はこれに対し、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの右期間中のダイアモンド製造法は、すべて別紙第二目録記載のとおりであり、そのうち、昭和四六年三月までは、電極板としてニッケルを使用し、同年四月以降は電極板としてコバルトを使用した旨主張するので、このうち、まず、昭和四〇年以降第一方法について検討する。
(1) 原告の主張に係る昭和四〇年以降第一方法は、反応時において触媒を特定している点において、昭和三九年方法について前述したのと同様、合金特許権の侵害を主張する以上、主張自体において理由がないことに帰する。そして、反応装置に仕込む時点における触媒がどのようなものであつたかということは、右の反応時の状態から当然には導き出せないものであることも前判示のとおりであり、その他この点に関する主張はないので、結局、反応装置への仕込時における触媒についての特定はない。
(2) 次に、念のため、証拠上、反応装置への仕込時において、被告らが昭和四〇年以降に、合金を触媒として用いたことが認められるか否かについて検討しておく。
原告は、昭和四〇年から昭和四八年までの被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの製造、販売に係る人工ダイアモンドの三分の二からは、不純物の重量の二パーセント以上に相当する量のコバルト、ニッケル、鉄、マンガン及びクロムのうち二つ以上の金属が検出される旨主張する。
林鑑定及び木村鑑定によれば、原告が被告小松ダイヤの昭和四一年から昭和四六年の間に販売した人工ダイアモンドであると主張する<証拠>、同じく被告東名ダイヤの昭和四六年に販売した人工ダイアモンドであると主張する<証拠>から、各一〇粒の試料を採取してX線のマイクロアナライザーにより不純物の定量分析を行つた結果、全部で二二〇粒の試料のうち一四五粒からは不純物の二重量パーセント以上の前記五種の金属が二つ以上検出され、七四粒からはコバルトのみが、一粒からはニッケルのみが検出されたことが認められる。
また、林鑑定及び木村鑑定によれば、<証拠>から相当量のダイアモンド粒子を採取して不純物の定量分析を行つた結果いずれの<証拠>からも、前記五種の金属のうちの二種以上が不純物総量の二重量パーセント以上検出されたことが認められる。
しかしながら、これらの事実から、これらの粒子が反応装置への仕込時までに形成された合金を触媒として生成されたものであるとは断定しえないことは、既に判示したところから明らかである。
また、<証拠>には、被告東名ダイヤは、昭和四七年初めから昭和四八年七月までの間、ニッケル、コバルト、鉄等の単体金属を、通常は複数混合して、まれには一つだけ、そして最も普通には直径一ミリメートル程のニッケル粒とコバルト粒とを黒鉛と混合して、反応容器に仕込み、通常はニッケル板を電極板としてダイアモンドの生産をしており、触媒金属の種類や混合の割合はよく変わつていたし、通常の生産のほか色々の方法で試験生産もよく行われ、その結果生成されたダイアモンドも、特に指示のない限り通常の生産品とともに製品化して販売していた旨の記載が存する。右記載どおりの事実が認められるとすれば、コバルト以外の金属を触媒として使用したことはないとする被告らの主張は真実に反することとなるが、右記載自体、反応装置に仕込む時点では合金が形成されていなかつたことを肯定するものである。
以上のほか、被告らが昭和四〇年以降に、反応装置への仕込時において既に形成された合金を触媒として用いたことを証するに足りる証拠はない。
(3) したがつて、昭和四〇年以降において、被告らが実施したダイアモンドの製造方法が合金発明の前記触媒の要件を充足するものとは認められず、その余の点について判断するまでもなく、右方法は合金発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
(二) 次に、昭和四〇年以降第二方法について検討する。被告らは、原告の主張する昭和四〇年以降第二方法を否認し、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの前記期間中のダイアモンド製造法はすべて別紙第二目録記載のとおりであつた旨主張する。しかし、両者を対比すると、圧力条件において原告の主張が約七万六〇〇〇気圧(ブリッジマン尺度による。以下同じ。)以上の圧力であるのに対し被告の主張が六万九〇〇〇ないし七万二〇〇〇気圧の圧力である点及びダイアモンド形成帯域内か否かとの点において相違しているが、その他の点においては、原告主張の範囲内では、実質的に争いはないものと認められる。したがつて、被告小松ダイヤが昭和四〇年から昭和四八年までに、被告東名ダイヤが昭和四七、四八年に、製造したダイアモンドの三分の一は、コバルト単体を触媒とし、原料の黒鉛を約一四〇〇ないし一五〇〇度の温度条件下に曝して生成したものであることは、当事者間に争いがないが、圧力条件がどの程度であつたかについては、証拠により認定しなければならない。よつて、この点について判断する。
(1) 原告は人工ダイアモンドの形状及び収量から圧力条件を判断することができるから、被告らの製品を分析することにより圧力条件は約七万六〇〇〇気圧以上、約八万気圧前後の圧力が用いられたことが明らかである旨主張している。
そこで、まず、人工ダイアモンドの形状から圧力条件を判断することができるか否かについて検討する。
(2) <証拠>によれば、次の各事実が認められる。
イ ダイアモンドの生成速度は一般に過剰となり易い。すなわち、温度、圧力制御が不十分だと、全く生成しないか、又は強固に群晶化した樹枝状晶となり、これをほぐしても包有物、空洞、凹凸の多い不規則な形状をもち、粒径分布も0ないし数十ミクロンのものになり易い。
ロ 良質な(晶形、晶質の良い)結晶を生成するための最も基本的熱力学的条件は、圧力、温度をダイアモンドー黒鉛平衡条件に近づけ、ダイアモンドに対する過飽和度を適度に低く保つ必要があるが、その他に種々の要因に支配され、速度論的な理由も含めて良質な結晶を生成しうる圧力、温度領域は限られている。
ハ 99.9パーセント以上の純コバルト板を触媒とした実験(以下、トまでにおいて同じ。)において、保持時間を四分とした場合の圧力、温度条件とダイアモンドの晶形との関係の実験結果は、別紙第四図面記載のとおりであつた。ただし、圧力、温度の絶対値評価はプラスマイナス0.1ギガパスカル(一ギガパスカル=一〇キロバール)、プラスマイナス五〇度以内の精度では無意味であり、熱起電力の圧力効果の補正はマイナス五〇度程度と考えられるが、信頼できるデータが報告されていないので未補正である。
右図面中、ダイアモンドの生成しない場合のうち黒鉛がコバルトと反応しているもの(図面中×)は、黒鉛安定域にあつたと思われる。
右図面中、曲線ABと曲線CDで囲まれた部分が生成粒子が相互に分解されている領域であり(幅約0.2ギガパスカル)、その中でも高圧側では部分的に不規則形状をした粒子が多く、ダイアモンドがほぼ完全な自形晶として得られる範囲は曲線EFより下側の部分(幅約0.1ギガパスカル)である。温度に関しては、低温側で骸晶あるいは大きな包有物を含む結晶になり易く、他方高温側では晶形の対照性が悪くなる(自形晶ではあるが細長く、又は偏平な形状を持つ。)ために、晶形、晶質の領域は、直線GHとIJとの間に限られる(幅約一〇〇度)。したがつて、コバルト溶媒の場合の良晶域は、約5.3ギガパスカルを中心として0.1ギガパスカル(二パーセント)程度の幅をもつ圧力と、約一三〇〇度を中心として一〇〇度(七パーセント)程度の幅をもつ組合せから成る狭い領域のみである。
右領域は、ダイアモンドーグラファイト平衡線に近接し、かつ、ダイアモンド生成が可能な領域の底の部分すなわち最低合成温度及び最低合成圧力に近い温度、圧力条件の組合せにより成る領域である。
右の良晶域から得られる生成物は、重量比で七〇ないし八〇パーセントが、透明で完成された晶癖をもつ単結晶粒である。
ニ 晶形の良い保持時間の限界は四分で、六分以上では、生成結晶の一部が、部分的に時間とともに不完全な晶形になる傾向がある。また、時間経過とともに、圧力が低下又は温度が上昇する方向に移行することにより、一部の粒子に表面の溶解又は逆変換も起こる。
ホ 別の実験結果では、ダイアモンド生成の一三〇〇度の温度条件下における最低圧力はプレス油圧を内部発生圧に換算すると約5.10ないし5.14ギガパスカル、生成量を考えると有効な圧力の下限は約5.21ギガパスカル、良晶を得るための最適圧は約5.25ギガパスカル、良晶を得るための圧力の上限が約5.29ギガパスカルであり、右の圧力においても既に半分近くが良晶ではなくなり、これを超えると、ほとんどが不規則形状となる。
ヘ 一三〇〇度、5.25ギガパスカルの条件下で生成したダイアモンド粒子を粒径により①一四九ミクロン未満、②一四九ないし二九七ミクロン、③二九七ミクロンを超える三ランクに分けて、反応時間と晶形の関係を見ると、①のランクでは、四分までは良晶のみであるが、六分から破片状のものが混入し始め、一〇分で約五〇パーセントを占める。②のランクでは、ほとんど良晶ばかりであるが、八分以上で外形の一部に未完成の部分(表面のだれた部分)が出現し、一〇分でやや顕著となる。③のランクでは、二分で粗悪な粒子(異常成長したもの)のみであるが、四分から良晶が現れ、八分で最大の三〇ないし四〇パーセントに達するが、表面のだれた部分が四分から出現し、次第に顕著となり、一〇分で良晶個数が一〇パーセント程度に減少する。
ト 右の場合の反応時間と粒径分布の関係を見ると、前記①のランクが、反応時間二分では重量比で46.1パーセントであつたのが、四分では9.2パーセント、一〇分では4.7パーセントに減少し、反対に、前記③のランクが、二分では13.8パーセントであつたのが、四分では22.7パーセント、一〇分では61.7パーセントに達する。
そして、反応時間約三〇分で、反応時間四分のときの粒径の二倍に成長する。
以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) 以上の認定事実に従つて、純コバルトを触媒とする場合の反応条件とダイアモンドの晶形との関係を要約すると、次のとおりである。
① 温度、圧力条件と晶形
形状の良い結晶の生成される領域は、温度条件、圧力条件ともに非常に狭く限られており、具体的には、温度条件が約一二五〇ないし一三五〇度(圧力による影響を更正すると、おそらくこれより約五〇度高い領域が真の良晶域と思われるが、確かではない。)プラスマイナス五〇度で、圧力条件が約5.25ないし5.35ギガパスカルプラスマイナス0.1ギガパスカル又は約5.21ないし5.29ギガパスカルすなわち、ブリッジマンスケールにおいて約七万二五〇〇ないし七万四三〇〇気圧プラスマイナス一九〇〇気圧又は約七万一八〇〇ないし七万三二〇〇気圧(そのいずれとも確定しがたい。)の領域である。右の領域中の最適の温度、圧力を組み合わせた条件で、最適の反応時間である四分間保持した場合でも、全部が良晶となるのではなく、大型の粒子を中心に一部晶形の良くないものがあり、右の領域中でも、最適条件からはずれると、晶形の良くないものの割合が増加する。
② 反応時間と晶形
反応時間が四分を過ぎると、右の良晶域においても、晶形が悪化し、最適温度、圧力条件下においても一〇分経過時に既に重量にして半分以上が良晶ではなくなる。したがつて、これが二五分にまで至れば、良晶は更に減少し、不規則な形状を持つ粒子が多くなるものと推認される。
③ 反応時間と粒径
反応時間が長くなるほど粒径が増大する。したがつて、その結果、製品化するに際して粒度を適当な大きさに揃えるためには破砕工程を経なければならなくなり、これにより形状が悪くなるものと推認される。
証人角所啓志(第二回)及び同細見暁の各証言によれば、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤが昭和四〇年以降にコバルトを触媒としてダイアモンドの製造を行つた場合の反応時間は二五分間であつたと認められ、これに反する証拠はない。そして右の場合の反応温度条件が約一四〇〇ないし一五〇〇度であつたことは、前記のとおり当事者間に争いがない。これらの事実を前記①ないし③の反応条件と晶形との関係にあてはめてみると、右の反応時間は、形状の良いダイアモンド結晶を生成するのに適した条件ではないことになるし、右の温度条件は、一四〇〇ないし一四五〇度が良晶域に含まれる可能性があるものの、そうであるとは断定しがたく、一四五〇ないし一五〇〇度は良晶域外であるから、全体として、形状の良いダイアモンド結晶を生成するのに適した条件であるとはいいがたい。そうすると、右の温度条件及び反応時間によりダイアモンドを生成する場合には、圧力条件が前記①の良晶生成に適する条件であると否とにかかわりなく、形状の良い結晶を多く得ることは困難であるということになり、したがつて、逆に、生成されたダイアモンドの形状から圧力条件を推認することはできない(少なくとも、形状が悪いことを根拠として、圧力条件が限界値よりも相当高いものであると断定することはできない)ものというべきである。
ちなみに、林鑑定によれば、原告が被告小松ダイヤ又は被告東名ダイヤの製品であると主張する<証拠>には、形状の良いダイアモンド結晶も存在することが認められるが、これらにおいても対照性の悪い結晶や不定形のものが多く含まれており、同じく原告が右被告両名の製品であると主張する<証拠>は、大部分が不定形又は対照性の良くない結晶であることが認められるから、これらが右被告両名の製品であるとしても、右の形状から圧力条件を確定することはできないこととなる。
(4) ところで、<証拠>によれば、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤがコバルト単体を触媒としてダイアモンドの製造を行つた場合には、市販の純コバルトを粒状に粉砕し一酸化炭素により還元処理したものを使用したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、<証拠>によれば、一酸化炭素により還元(浸炭)処理を行つたコバルト(以下「浸炭コバルト」という。)を触媒とした場合には、右処理を行わない通常の純コバルトを触媒とした場合に比較して約5.3パーセント、通常の純ニッケルを触媒とした場合に比較して約8.5パーセント低い圧力条件で(それに伴つて温度も低い条件で)ダイアモンドの生成が可能であり、通常の純ニッケルを触媒とした場合の最低合成圧力以下の圧力条件でも、原料グラファイトからダイアモンドへの転換率は四〇パーセント以上に達することが認められる。<証拠>も、右認定の趣旨に沿う。これに対し、<証拠>中には、還元処理を行つたコバルトと通常の純コバルトとはダイアモンド生成の最低圧力条件については同一である旨の部分が存するが、これらは還元剤として水素を用いてコバルトの表面にある酸化物を除去した場合のことに関するものであるから、一酸化炭素により浸炭処理を行つたものではないので、前記認定を覆すに足りるものではなく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
原告は、コバルトを還元処理してもやはり純コバルトでしかないから、理論上も還元処理により最低合成圧力が低下するというのは誤りである旨主張するが、一酸化炭素で浸炭処理をすれば何故最低合成圧力が低下するのかということの理論的解明がなくても、最低合成圧力が低下するという事実さえ認められればそれで十分であるから、この点も、前記認定を覆す理由とはなりえない。
そうすると、浸炭コバルトを触媒とした場合のダイアモンドの最低合成温度、圧力条件は、通常の純コバルトを触媒とした場合に比較して低くなるというのであり、この事実と前記(2)のニの事実によれば、浸炭コバルトを触媒とした場合の形状の良いダイアモンド結晶を得るための温度、圧力条件は、通常の純コバルトを触媒とした場合の前記良晶域よりも、ダイアモンド―グラファイト平衡線に沿つて低温、低圧側へ移動させた領域になるものと推認される。したがつて、約一四〇〇ないし一五〇〇度の温度条件下では、浸炭コバルトを触媒とした場合には、通常の純コバルトを触媒とした場合以上に良晶が得難くなるものと推認されるから、前記(3)において判示した以上に、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの昭和四〇年以降の製造に係る製品の形状から、その圧力条件を推認することはできないものというべきである。
以上のとおりであるから、人工ダイアモンドの形状により被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの用いた圧力条件を認定することはできない。
なお、原告は、晶形と反応条件の関係につき別紙第一図面に基づいて主張しているが、原告自身の主張から明らかなとおり、これは、晶形が主として温度条件と相関関係を有しているとするものであるから、温度条件について争いのない本件においては、圧力条件を判断するための資料には適さないものである。
(5) 次に、原告は、人工ダイアモンドの収量からも圧力条件を判断することができるとして、被告らが工業生産をしていたことから、原告主張のような圧力条件により生産していたことが明らかである旨主張するので、この点について以下検討する。
<証拠>によれば、次の各事実が認められる。
イ 温度条件約一三〇〇度、反応時間四分で、純コバルト板を触媒として、反応可能量二四〇ミリグラムの黒鉛をダイアモンドに転換する実験を行つたところ、圧力条件が約5.14ギガパスカルで約三七ミリグラム、約5.16ギガパスカルで約三八ミリグラム、約5.21ギガパスカルで約三三ミリグラム、約5.23ギガパスカルで約五三ミリグラム、約5.30ギガパスカルで約八七ミリグラムのダイアモンドが生成された。
ロ 右と同一の条件で、ただし、加圧は、まずダイアモンド生成には不足する圧力である5.06ギガパスカルまで昇圧した後、加熱をし、次いで目的の圧力条件にまで昇圧する方法で実験を行つたところ、圧力条件が約5.14ギガパスカルで約五ミリグラム、約5.21ギガパスカルで約一八ミリグラム、約5.2ギガパスカルで約五八ミリグラム、約5.29ギガパスカルで約九六ミリグラム、約5.32ギガパスカルで約一六九ミリグラム、約5.36ギガパスカルで約一三九ミリグラムのダイアモンドが生成された。
ハ 温度条件約一三〇〇度、圧力条件約5.25ギガパスカルで、純コバルト板を触媒として、反応可能量二四〇ミリグラムの黒鉛をダイアモンドに転換する実験を行つたところ、反応時間二分で約二二ミリグラム、四分で約七三ミリグラム、六分で約七一ミリグラム、八分で約八四ミリグラム、一〇分で約一二二ミリグラムのダイアモンドが生成された。
ニ 温度条件約一二七〇度、圧力条件約5.27ギガパスカルで、純コバルト板を触媒として、以上の実験より相当少量の黒鉛をダイアモンドに転換する実験を行つたところ、反応時間二分で約0.5ミリグラム、三分で約1.8ミリグラム、四分で約2.1ミリグラム、六分で約1.8ミリグラム、八分で約6.4ミリグラム、一〇分で約7.2ミリグラムのダイアモンドが生成された。
ホ 反応時間四分の生成されるダイアモンド粒子の粒径を二倍に、すなわち重量をその三乗の八倍にするには、他の条件を同一にしたまま反応時間を八倍に、すなわち約三〇分にすればよい。ただし、反応可能な黒鉛がそれ以前にすべてダイアモンドに転換した場合は、それ以降の収量の増加は見込めない。
以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
(6) 右の認定事実に基づき、コバルト板を触媒とする場合の反応条件と人工ダイアモンドの収量との関係を要約すると、次のとおりとなる。
① 他の反応条件が同一であれば、収量は圧力条件と相関関係を有し、一般に、圧力が増大すれば収量も増加する。
② 反応時間四分、温度条件約一三〇〇度で、右の相関関係をみると、わずかに生成が確認される圧力条件から約1.4パーセント高い圧力条件で一応有効な量の生成があり、約2.1パーセント高い圧力条件で反応可能な黒鉛の約四分の一ないし一〇分の三がダイアモンドに転換し、約2.9パーセント高い圧力条件で同じく約五分の二がダイアモンドに転換し、約3.5パーセント高い圧力条件で同じく約一〇分の七がダイアモンドに転換する。
③ 他の反応条件が同一であれば、収量は反応時間とも相関関係を有し、一般に時間が長くなれば収量も増加する。
④ 温度条件約一二七〇ないし一三〇〇度、圧力条件約5.25ないし5.27ギガパスカルで、右の相関関係をみると、二分経過後一〇分経過時まで、収量はほぼ時間に比例して増加し、反応時間一〇分で反応可能な黒鉛の約二分の一がダイアモンドに転換する。一〇分経過後も、時間とともに収量は増加し続ける。
⑤ 更にこれらの結果を総合考慮すると、約一三〇〇度の温度条件で、わずかに生成が確認される圧力条件から約1.4パーセント高い圧力条件において、反応時間を二五分とすれば、反応可能な黒鉛の半分近くがダイアモンドに転換することになるものと推認するのが相当である。これは、明らかに工業的生産に適する転換率である。
これに対し、<証拠>には、反応時間と収量との関係について、四分ごろまで生成量が急増し、六分以上は顕著でない旨の実験結果も記載されているが、これは、ニッケルを触媒とした場合のものであつて、コバルトを触媒とした場合の時間と収量との関係が前記③、④のとおりであることを否定するものではない。
また、<証拠>には、圧力条件と生成粒子数の関係について、別紙第二図面のような図式が記載されている(同号証の図4・19)が、これは合金を触媒とした場合の実験結果に基づくものであつて、コバルトを触媒とした場合にそのままあてはまるとは断定しえない(現に、右の合金を触媒とした場合の良晶域は、コバルトを触媒とした場合の良晶域の1.5倍程度広いとされている。)から、前記認定を左右する資料とはなりえない。
(7) 原告は、理論的最低圧力値においては実際にダイアモンドが生成することはなく、実験室的に数粒のダイアモンドが生成するのは、それより約五パーセント高い圧力であり、更に工業的収率を得る圧力範囲の最低線はそれより約五パーセント高い旨主張するから、この点につき検討する。
<証拠>によれば、温度条件及び圧力条件の双方が最低値に近い領域においては、換言すれば、炭素状態図において理論上の最低条件を示すダイアモンド―グラファイト平衡線及び触媒金属と炭素との共触点を示す線の交点付近の領域においては、実際にダイアモンドを生成しうる限界線は曲線を描き、理論上の最低圧力より相当程度高い圧力条件で初めてダイアモンドを生成しうることとされているが、温度が右領域より数十ないし一〇〇度以上高い条件下では、最低圧力値は、理論上のものと実際のものとの間にほとんど差がないものとされていると認められる。前記甲第三四号証も、右の認定事実を否定する趣旨のものではないと解される。また、原告の主張に係る別紙第三図面も、ほぼ右認定の事実に沿うものである。
そうすると、前記(4)における認定事実によれば、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤの浸炭コバルトを触媒とした場合のダイアモンド製造方法の温度条件が実際にダイアモンドを生成しうる最低温度条件より数十ないし一〇〇度以上高いものであることが明らかであるから、右の方法においては、理論的最低圧力値と実験室的最低圧力値は、ほとんど一致すると認められる。そして、実験室的最低圧力値と反応時間を二五分とした場合の工業的生産に適する最低圧力値との間にもほとんど差がないことは、前記⑤の認定のとおりである。
(8) そこで、一四〇〇ないし一五〇〇度の温度条件下における理論的最低合成圧力条件について案ずるに、前記認定事実によれば、それはダイアモンド―グラファイト平衡線によつて示されるものである。<証拠>によれば、ダイアモンド―グラファイト平衡線としてこれまでに提案されたものとしては、昭和三〇年のバーマン及びシモンによるもの、昭和三六年のバンディらによるもの、昭和四二年のストロング及びハンネマンによるもの、昭和四六年のストロング及びクレンコによるもの、昭和五一年のケネディ及びケネディによるものなどがあること、これらのうち、バーマン及びシモンによるものは熱力学的理論により計算されたものであり、実験によつて裏付けられたものではなく、その余のものは実験に基づくものであること、バーマン及びシモンによる平衡線を表す式は、P(Kbar)=7.1+0.027T(°K)であり、ケネディ及びケネディによる平衡線を表す式は、P(Kbar)=19.4+T(℃)/40であることが認められる。
しかしながら、これらの平衡線のうち、いずれが真実の平衡線に近いのかは、右事実自体からなお研究途上にあることが明らかというべきであつて、これを断定するに足りる証拠はない。したがつて、理論的最低合成圧力は、特定することができないものといわざるをえない。
しかし、念のため、これらの平衡線のうち、理論上の線であるバーマン及びシモンの平衡線と最新の実験に基づく線であるケネディ及びケネディの平衡線とについて、より詳細に検討を加えることとする。
前記認定の事実によると、バーマン及びシモンの平衡線に従えば、ダイアモンド―グラファイト平衡圧力は、一四〇〇度の温度条件下において約52.3キロバール、一五〇〇度の温度条件下において約55.0キロバールであり、ケネディ及びケネディの平衡線に従えば、ダイアモンド―グラファイト平衡圧力は、一四〇〇度の温度条件下においては54.4キロバール、一五〇〇度の温度条件下においては56.9キロバールであることになる。
右の各数値のうち、バーマン及びシモンの平衡線に従つて算出したものは、前認定のとおり熱力学的理論上のものであるから、その尺度は真正値(絶対値)を予定したものであると認められるところ、<証拠>によれば、圧力の真正値は昭和五二年において未だ確定されておらず、これが現在確定されているとする証拠はない。したがつて、バーマン及びシモンの平衡線に従つて算出した圧力値が、ブリッジマン尺度で何気圧に相当するのかを、確定的な数値で示すことはできない。しかしながら、<証拠>は、昭和四五年前後ころに改定された新尺度によれば、バリウム、タリウム等の常温における圧力誘起相転移を圧力定点とした値に基づいて圧力値を決定する方法において、バリウムの相転移の低い方の値(以下「バリウム転移点」という。)は、従来5.9ギガパスカル(五九キロバール)とされていたのが5.5ギガパスカル(五五キロバール)とされ、タリウムの相転移の値(以下「タリウム転移点」という。)は、従来のものも新尺度も3.67ギガパスカル(36.7キロバール)とされているとしており、他にこれより新しい値が提案された旨の証拠はないから、バリウム転移点は五五キロバール、タリウム転移点は36.7キロバールであると考えるのが、現在のところ最も真正値に近いということができる。そこで、一応右の値によつて、前記バーマン及びシモンの平衡線に従つて算出した圧力値をブリッジマン尺度による圧力値に換算すると(もつとも、バーマン及びシモンの平衡線が、ブリッジマン尺度が真正値を表わすものであると考えられていた昭和三〇年のものであることからすれば、このような換算に意味があるのかどうかは、すこぶる疑問である。)、前記甲第三〇号証によれば、ブリッジマン尺度においては、バリウム転移点は七万七四〇〇気圧、タリウム転移点は四万三五〇〇気圧とされていると認められるので、約52.3キロバールは約七万二四〇〇気圧、約55.0キロバールは約七万七四〇〇気圧になる。
次に、前記ケネディ及びケネディの平衡線に従つて算出した圧力値は、前記認定のとおり、実験に基づくものであるが、前記乙第四四号証によれば、圧力は荷重及び断面積の測定によつて計算したから、どの較正とも無関係であるとされていることから、尺度は一応真正値によつているものであると仮定してよいと思われる(ただし、右計算においては摩擦が考慮されていないと思われるから、実際には、真正値より高い数値となつている可能性がある。)。したがつて、バーマン及びシモンの平衡線の場合と同様、一応バリウム転移点を五五キロバールであると考えて示された値であるとしてブリッジマン尺度に換算すると、54.4キロバールは約七万六三〇〇気圧、56.9キロバールは約八万九〇〇気圧になる。なお、被告らは、ケネディ及びケネディの平衡線の圧力値は、バリウム転移点を五五キロバールとしたものではなく、五八ないし五九キロバールとして示されたものである旨主張し、原告もこれを否定しないことが、本件記録上明らかであるから、その考え方に従えば、ブリッジマン尺度に換算した場合の圧力値は、右に認定したものより数千気圧低くなることになる。
そして、前記乙第四四号証によれば、前記したバンディら、ストロング及びハンネマン並びにストロング及びクレンコによる各ダイアモンド―グラファイト平衡線は、いずれも、ケネディ及びケネディの平衡線よりも0.5ないし2.5キロバール程度低圧側に寄つたものであること、基準としたバリウム転移点は五八ないし六〇キロバールであつたことが認められる。そうすると、ケネディ及びケネディの平衡線の値がバリウム転移点を五五キロバールとして示されたものと理解した場合には、バンディらほかの各平衡線は、いずれも数千気圧ないし一万気圧以上低圧側に位置することになり、ケネディ及びケネディの平衡線の値がバリウム転移点を五八ないし五九キロバールとして示されたものと理解した場合でも、バンディらほかの各平衡線は、いずれも一〇〇〇ないし四〇〇〇気圧程度低圧側に位置することになる。
以上認定の事実によれば、ダイアモンド―グラファイト平衡線は、正確には確定することができていないものであるというほかはないが、バーマン及びシモンの平衡線によれば、一四〇〇度の温度条件下の理論的最低合成圧力値は約七万二四〇〇気圧、一五〇〇度では約七万七四〇〇気圧と考えるのが、現在のところ最も真正な値に近いものといえ、実験に基づいて示された前記各平衡線のうち最も高圧側に位置するケネディ及びケネディの平衡線につき、前記した二通りの理解のうち高い方の圧力値を採用した場合には(換言すれば、原告に最も有利な圧力値を採用した場合には)、一四〇〇度の温度条件下の最低合成圧力値は約七万六三〇〇気圧、一五〇〇度では約八万九〇〇気圧と考えるのが、現在のところ最も真正な値に近いものといえることになる。右の場合以外の実験に基づいて示された平衡線によれば、一四〇〇度の温度条件下の最低合成圧力値が七万四五〇〇気圧を下回ることは確実であり、一五〇〇度でもこれを下回るものと考えるのが適当である。したがつて、これらを総合考慮すると、一四〇〇ないし一五〇〇度の温度条件下におけるダイアモンド―グラファイトの平衡圧力条件すなわち理論上のダイアモンドの最低合成圧力条件は、七万四五〇〇気圧を下回る値である蓋然性が高く、少なくともこれ以上の値であると断定することはできない。
このことは、更に、次の事実からも裏付けられる。
① <証拠>によれば、原告の行つた実験において、純コバルト又は水素で還元処理をした純コバルトを触媒とした場合の実験室的最低ダイアモンド合成圧力は、温度条件一四〇〇度でも一五〇〇度でも、七万四五〇〇気圧を下回るものであつたことが認められる。
② <証拠>によれば、合金特許の発明者達が行つた実験において、合金を触媒とした場合の実験室的最低ダイアモンド合成圧力は、温度条件一四〇〇度で六万三〇〇〇気圧、一五〇〇度で六万五〇〇〇気圧であつたことが認められる。
ところで、ダイアモンド―グラファイト平衡線は、ダイアモンドとグラファイトの性質により決定されているものであつて、ダイアモンド合成に使用する触媒の種類によつて変動するものではないから、合金触媒を使用して実験室的にダイアモンド合成をすることができた温度、圧力条件が平衡線より高圧側に位置することは明らかである。したがつて、右①、②から、温度条件一四〇〇ないし一五〇〇度におけるダイアモンドの理論的最低合成圧力は、七万四五〇〇気圧よりも低いものであることが推測される。
(9) 以上の認定事実によれば、右(8)のとおり、一四〇〇ないし一五〇〇度の温度条件におけるダイアモンドの最低合成圧力は、七万四五〇〇気圧以上であるとは認められず、前記(7)のとおり、右の温度条件下で、浸炭コバルトを触媒とし、反応時間を二五分とした場合においては、理論的最低合成圧力と工業生産に適する最低合成圧力とはほとんど違わないものであるというのであるから、右の温度条件、触媒、反応時間によりダイアモンドが工業生産されたということから圧力条件が七万四五〇〇気圧以上であつたものと断定することはできないものというほかはない。
(10) 以上のとおりであるから、被告小松ダイヤ及び被告東名ダイヤがコバルト単体を触媒としてダイアモンドを製造したときの圧力条件が七万四五〇〇気圧以上であつたことを認めることは、いずれの点からしても、できないものである。他にこの点を証するに足りる証拠はない。
したがつて、原告の主張に係る右被告らの昭和四〇年以降第二方法のうち、圧力条件については、約七万六〇〇〇気圧以上との事実を認定することができないだけでなく、前判示の単体発明の構成要件(三)の「少なくとも約七万五〇〇〇気圧の圧力」すなわち七万四五〇〇気圧以上の圧力を用いたことも認めることができないから、右被告らが昭和四〇年以降にコバルトを触媒として用いて実施したダイアモンドの製造方法が、単体発明の前記構成要件(三)を充足するものとは認められず、その余の点について判断するまでもなく、右方法は単体発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
五以上のとおり、被告らが合金発明又は単体発明の技術的範囲に属する方法を実施してダイアモンドを製造したことを認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
第二反訴請求について
一反訴請求の原因1のうち、(一)の事実、(二)中原告が主張の内容の書面を発した事実、(三)中原告が通商産業省に対し申入れをした事実は、いずれも当事者間に争いがない。
右の原告の各行為は、いずれも、被告小松ダイヤが原告の有する合金特許権を侵害したことを理由にされたものであつて、右侵害が事実であれば、適法な権利行使というべきものであるところ、右侵害の事実が認められないことは、本訴につき判示したとおりである。
そこで、原告がこれらの行為に及ぶにつき、被告小松ダイヤが合金特許権を侵害していないことを知り、又は知りうべきであつたか否かについて検討するに、本件全証拠によつても、原告が右事実を知つていたものとは認められず、また、以下のとおり、これを知らなかつたことにつき過失があるとも認められない。
1 原告が、被告小松ダイヤが合金特許権を侵害していると主張した根拠は、合金発明の特許請求の範囲の記載における「合金」がダイアモンド変換反応が生ずる時点において存在すれば足りるとする解釈があることは、本訴における原告の主張から明らかである。そして、右解釈をとる理由として、原告は、①特許請求の範囲では単に「合金」としている、②触媒が反応時に存在すれば足りることは技術常識である、③発明の詳細なる説明中にもそのことが明記されている、④合金が溶融状態で反応が生起することが開示されている、ということをあげている。
当裁判所が原告の右解釈を採らないことは本訴につき判示したとおりであるが、右③の合金明細書中の記載は、前示のとおり、合金発明の出願後公告前の訂正により付加されたものであつて、右訂正後の明細書に基づき出願公告がされ設定登録がされたことにより、原告が原告の右解釈が正しかつたものと考えたとしても、無理からぬところであるというべきである。したがつて、原告が右解釈が正しいものと信じて、右解釈に従えば合金特許権の侵害になると一応合理的に判断される行為について、警告状の送付、関係官庁への申入れ等を行つても、これについて過失があつたものと認めるのは相当でない。
そして、<証拠>によれば、原告は、昭和三九年九月一〇日に実施された証拠保全手続としての被告小松ダイヤの代表者石塚博の尋問における同人の供述により、同被告が現に別紙第一目録記載の方法を実施していることを知つたことが認められ、また、前記甲第三号証及び証人ハロルド・ピー・ボーベンカークの証言によれば、原告は、被告小松ダイヤの製造、販売した市販のダイアモンドの分析により、遅くとも昭和四〇年ころまでに、第一目録記載の方法において、ニッケル及びクロムは触媒として働き、これらの触媒金属はダイアモンド成長条件及び成長時において合金を形成していることを確認したことが認められる。
以上の事実によれば、原告が、原告の前記解釈に基づき、被告小松ダイヤが昭和三九年方法を用いてダイアモンドを製造、販売したことを合金特許権を侵害する行為と判断したことには、一応の合理性があり、これをもつて過失があつたものということはできない。
2 <証拠>によれば、原告が通商産業省に対し、被告小松ダイヤのダイアモンド製造方法が原告の有する合金特許権(ただし、当時は仮保護の権利)を侵害することを前提に原告が特許権を有する国々への同被告の製品の輸出の差止めにつき適切な方法を講ずるよう申し入れたのは、昭和四〇年四月であつたことが、また、<証拠>によれば、原告が請求の原因1(二)の内容の書面を被告の取引先等に発したのは、合金特許権が設定登録された同年六月一〇日から間もない、同年七月四日ころであつたことが、それぞれ認められる。
以上の事実経過に鑑みれば、仮に被告小松ダイヤが昭和三九年方法の使用を昭和三九年末で打ち切り、昭和四〇年の右各行為当時には別の方法でダイアモンドを製造し、そのダイアモンドのみを販売していたとしても、原告が同被告の右打切りを知らずに右各行為に及んだことは、これも無理からぬところであるというべきである。したがつて、原告が右各行為をしたことについて過失があつたものと認めることはできない。
3 原告が昭和四五年(ワ)第四二八号事件の訴状を提出したのは同年一月二一日であり、同訴状においては被告小松ダイヤの実施している方法として別紙第一目録記載の方法を特定していたこと、その後、昭和四七年一月一四日付準備書面において昭和四〇年以降同被告の実施している方法は別紙第三目録記載のとおりである旨主張を変更したこと、また、昭和四八年(ワ)第一五三八号事件の訴状を提出したのは同年三月一日であり、同訴状においては同被告が実施している方法は同目録記載のとおりである旨主張したこと、その後更に主張が変更され、本訴請求の原因4記載のとおりとなつたことは、本件記録上明らかである。
ところで、<証拠>によれば、原告は、昭和四一年から昭和四四年までの間に、少なくとも一五ケースの被告小松ダイヤの製造、販売に係る市販のダイアモンドを分析することにより、その介在物中にニッケル、クロム以外の金属元素、とりわけコバルトが、多く検出されることを確認したことが認められる。したがつて、原告は、昭和四五年(ワ)第四二八号事件の訴状を提出した際には、既に現に被告小松ダイヤが販売しているダイアモンドが別紙第一目録記載の方法とは別の方法により製造されたものであることを知つていたか、少なくとも知りえたものと認めることができる。そうすると、原告が被告小松ダイヤの現に実施している方法を別紙第一目録記載のとおりと特定して訴訟を提起したことは、自己の認識に反し、過去の製造方法を現在の製造方法と偽つてしたものと見られなくもない。しかし、原告が入手した同被告の製品は、もちろん、同被告の販売に係る全製品ではないから、右分析のみで別紙第一目録記載の方法を使用することを打ち切つたものと断定することはできないから、前記認定の事実経過に照らし、同被告の代表者自身が証拠保全手続において認めた右方法を先ず訴状において特定し、同被告の答弁を待つて、主張を訂正することは、当然許容されるものと認められる。
そもそも、訴えの提起をもつて不法行為と認めうるのは、相対立する法律上の紛争を解決するため裁判所の裁判を求めることは何人にも認められた権利であるから、当該訴えの提起が公序良俗に反する場合、すなわち、当該請求が全く理由がないことが明白であるにもかかわらず、これを知り又は当然知るべくして知らずに、あえて訴えを提起したような場合に限られるものというべきであつて、単に受訴裁判所が審理の結果原告の主張を排斥したというだけでは足りないものというべきである。そして、原告が前記の合金発明の解釈の下に前記のとおり被告小松ダイヤの実施している方法を特定して訴訟を提起したことは、以上の認定により、全く理由を欠くことが明白であるとはいえないことが明らかである。
4 以上によれば、被告らの反訴請求の原因2の主張は理由がない。また、以上認定の事実によれば、反訴請求の原因3の主張もまた理由がない。
二反訴請求の原因6の主張は、別件の訴訟においてされた検証及び鑑定が争点に関係のない事項についてされたことを前提とするものであるところ、争点との関係の有無、すなわち証拠調の必要性については、当該訴訟手続内において争うべき事項であり、当該受訴裁判所が検証及び鑑定を採用し、証拠調を行つたのであるとすれば、争点との関係を肯定する判断がされたものと認められる。また、右主張は、検証及び鑑定の手続により技術上の秘密としていた技術知識を公開させられたというにあるが、どのような技術知識を公開させられたのかについての具体的主張を欠く上、そのような事項については、被告小松ダイヤは、検証又は鑑定に必要な事項の調査を拒む権利がある(民事訴訟法第二八一条第一項第三号参照)から、その意に反して検証又は鑑定に必要な事項の調査がされることはなく、同被告が、右の権利を行使しないで、任意検証及び鑑定に必要な事項の調査に応じたのであれば、後に右手続により公開させられた技術知識が技術上の秘密であつたことを主張することは、許されないものというべきである(前記甲第四〇号証によれば、現に、同被告を相手方とする証拠保全手続による検証及び鑑定が、昭和三九年九月一〇日の証拠調期日において、同被告総務部長古川八が拒否したため、実施することができなかつたことが認められること、及び成立に争いのない甲第二六号証によれば、当庁昭和四〇年(ワ)第一一〇一八号事件において昭和四二年三月二七日実施された検証及び鑑定人尋問には、同被告代理人として本件における同被告訴訟代理人らを含む五名の弁護士が立会つた上、指示説明を行つたことが認められることから、同被告に前記権利の行使を期待しえなかつたものといえないことは明らかである。)。
以上によれば、反訴請求の原因6の主張も理由がない。
三よつて、その余の点について判断するまでもなく、反訴請求はいずれも理由がない。
第三結論<省略>
(牧野利秋 川島貴志郎 大橋寛明)
第一目録
粉末グラファイト、粒状ニッケル及び粉末炭化クロムを混合し、これを、約一三〇〇ないし一四〇〇度の温度、約六万五〇〇〇ないし七万三〇〇〇気圧(ブリッジマン尺度による。)の圧力に曝し、人工ダイアモンドを得る方法
第二目録
(1) ロウ石製円筒に20ないし40メッシュのコバルト粒と、黒鉛粉末とを混合充填し、上下両端を黒鉛板にて蓋をした反応物質を上下一対の金属製電極板の間に配置する。
(2) 上下パンチに荷重を加え、六万九〇〇〇ないし七万二〇〇〇気圧(ブリッジマン尺度による)の高圧を発生させる。
(3) 上下の電極板より通電して反応物の抵抗発熱により反応物質を一四〇〇ないし一五〇〇度の温度に曝してダイアモンド結晶を晶出させる。
ことからなる人工ダイアモンド製造法。
特許公報(一)昭三七―四四〇七<省略>
特託公報(二)昭三七―八三五八<省略>